40代、これまでほぼ肌のケアをしてこなかった……何から始めればいい?
40代のフリーライター・宮崎智之の「メンズメイクまでの道」
vol.2
「男性はこうあるべき」「女性はこうあるべき」といったジェンダー観の変化や、K-POPをはじめとした男性アイドルの活躍、職場でのジェンダーバランスの移り変わり、リモートワークの増加……。そういったさまざまな背景を踏まえて、メンズメイクの市場は年々拡大しています。
しかし、「化粧・美容は女性のもの」といった価値観が根強かった時代に青春期を過ごした人たちのなかには、興味はあっても「男性がメイクをする」ことへの抵抗感が拭えない男性もいるのではないでしょうか。フリーライターの宮崎智之さんもその一人。「目の下のクマこそが僕の本体だった」と、コンプレックスを抱えながら人生を過ごして41年。「今こそそのとき」と、昔からメンズメイクに興味を持ちながらも、踏み出しきれなかったその一歩を歩み始める連載が始まることになりました。宮崎さんはメンズメイクを取り入れることができるのか。
連載第二回は『ハーパーズ バザー 日本版』の副編集長や、『WWDビューティ』の編集長を務め、25年以上美容業界に携わってきたビューティディレクターの大出剛士さんをお迎えし、スキンケアやメイクへの心理的距離にまつわるモヤモヤや、実際に何から始めればいの? という疑問に対して具体的にアドバイスをいただきました。
悩み:顔に何かをベタベタ塗るのがどうしても違和感があって……
回答:いまは化粧品のテクスチャーにもいろんな種類がある
大出:連載1回目のコラム(「目の下のクマこそが本体!? 顔色に悩むフリーライターによる、メンズメイクのモヤモヤ」)、すごくリアルで面白かったです。ただ最初にお話したかったのが、タイトルに「メンズメイク」とあるんですけど、「メイク」と「スキンケア」って別物なんです。宮崎さんはいまどの部分を知りたいと思っていますか?
宮崎:そもそも肌のケア自体をほぼしてこなかったので、まずはそこからと思っています。僕は1982年生まれなんですけど、前回のコラムにも書いたように子どもの頃リップクリームを塗っている友達の男子を見てびっくりしちゃったくらいだし、日焼け止めの存在を知ったのも、大学生くらいの頃でした。僕の世代の男性で自分の肌のケアをしっかりしている人って多分あまりいないように思うんです。僕はそういう意味では少し保守側なんだと思います。ただ、最近は韓国や日本のボーイズグループを見て、かっこいいなってちょっと憧れます。
─今は肌のケアは何もされていないですか?
宮崎:メディアに出る機会があると気になるので、あまり意味がないかもしれないけど、取材3日前からパックしたりはしていますね。
大出:やってるじゃないですか!
宮崎:でも習慣にはならなくて。妻の化粧品を借りてやってみることもあるんですけど、毎日はやっていないんです。唯一やっていることと言うと、4年くらい前に全頭ブリーチをしていて、髪が痛んだので、ヘアマスクやヘアオイルを付けたり、高いドライヤーを使ったりはしていますね。
大出:髪のケアにそこまで力を入れられるのに、肌だと難しいのってどうしてですか?
宮崎:コロナ前は妻に影響されてやっていた記憶もあるんですけど、コロナ禍で人と会う機会が減って。取材とかがない限り、家にこもって仕事をしているので面倒くさくなっちゃうんです。寝る前のスキンケアを習慣付けることはこの連載を機にできそうな気がするんですけど、日中出かけるときに顔に何かをベタベタ塗るのがどうしても違和感があって……。テカっているように見えないかなって。
─スキンケアに苦手意識がある人の「ベタベタするから嫌だ」という意見は結構見聞きします。
宮崎:僕自身もそうなんですけど、10代の頃の脂っぽくてニキビができていたイメージをずっと引きずっている気がするんですよね。だから、そこにさらに油的なものを塗るの? って。
大出:脂が出るからといって、必ずしも脂性肌というわけではなくて、乾燥肌の人でも水分が足りていないと、補おうとしてかえって油分が出てしまう場合もあるんです。だから肌に水分を与えてあげるのはすごく大事なことで。あと、今は化粧品のテクスチャーにもいろんな種類があるので、パッケージに「さらさら」や「さっぱり」などと書いてあるものを選ぶとよいかと思います。
─いわゆる男性向けとして販売されている化粧品って「ミントですっきりさっぱり爽快!」みたいなものが傾向として多い印象があります。
大出:僕は逆にスースーするものが苦手なんですよね。男性でも脂性肌の人もいれば乾燥肌の人もいるのに、どうしてメンズ向けというとメントール系やウッディな香りのさっぱり系ばかりなんだろうって。化粧品の「女性物」「男性物」ってあくまでパッケージやブランディングのイメージの話がほとんどなんです。だから最近、ジェンダーフリーなコスメが増えているのはすごくいいなと思っています。パッケージも洗練されていておしゃれなものが多いですし。
宮崎:僕は今日着ている服もユニセックスのブランドだし、いわゆる「男性」っぽいものが苦手なんですよ。だから男性用化粧品として売られているものにいまいち魅力を感じないところもあって。今のお話を聞いて、ジェンダーフリーなブランドから選んでみるのはいいなと思いました。
悩み:「周りから何か言われるんじゃないか」という気持ちがネックに
回答:「メンズメイク」というから、抵抗を感じるのかも。スキンケアの延長線上の製品などさまざまな選択肢があります
宮崎:大出さんは子どもの頃からずっと美容に関心があったんですか?
大出:まったくそうではないんです。編集者になって女性誌に配属されたんですけど、僕はもともとファッションが大好きだから、ファッションを担当したかったのに、なぜかそのときの編集長に「そのうち男の子が美容を語る時代が来るから、絶対に美容をやっておいた方がいいよ」と言われて、ビューティ担当になって。当時は編集者やライターさんもみんな女性で、男性は僕一人だけでした。そこからいつの間にかどんどん美容にはまっていって、25年間ずっと美容のことをやっています。
宮崎:25年の間で、男性の美容意識の変遷は感じますか?
大出:エポックメーキングだったのは、木村拓哉さんや江口洋介さんを代表とする1990年代のロン毛ブームで。さらに、当時「フェミ男」と呼ばれていた、ピタTを着た男の子のファッションのムーブメントもありました。
宮崎:僕、武田真治さんが憧れでした。あんなにも線が細くておしゃれな男の子がいることが衝撃的で。
大出:ただ、あの頃注目されていたのはファッションであって、美容ではなかったんです。男の子も眉毛を細くしたりする流れはありましたけど、あくまで女の子が先導したブームで。90年代後半にグランジブームの影響もあって「男はやっぱりナチュラルでいるべきだ」というような、揺り戻しもありました。そんななかで、ここ数年一気にメンズ美容が普及してきたのは、やっぱり韓国のカルチャーの影響だと思います。
宮崎:僕の周りでは、40代でメイクをしている男性を見たことがないんです。僕はフリーランスですけど、勤め人の方だと、会社にメイクをして行ったり、スキンケアにこだわり始めたら、「周りから何か言われるんじゃないか」という気持ちがネックになったりしている人もいる気がします。
大出:あえて言わないだけで、美容医療も含めてスキンケアをしたり美容に気を遣ったりしている人は、層によってはいるとは思うんですよね。もしかしたら「メンズメイク」というから、抵抗を感じるのかもしれません。でも一口にメイクと言っても幅が広くて。たとえば乳液や日焼け止めに色がついていてくすみをカバーしてくれるようなスキンケアの延長線上の製品など、さまざまな選択肢があります。そういうものだと、あまり「メイク」って感じがしないと思うんです。
宮崎:そういうのはいいなと思ったことがあります。「メイク」って言うと「芸能人じゃあるまいし」みたいなことを言われそうな予感がする。
─人の目や自意識の問題以外にも、そもそもこれまでやってきていないことを習慣化するのは結構大変ですよね。
宮崎:たとえば歯を磨くのは、「清潔のため」とか「虫歯にならないため」みたいな動機があるんだけど、スキンケアによって自分がきれいになったと感じたことがないと、スキンケアをする動機を見出しづらいのかもしれません。
大出:宮崎さんの場合はオンラインミーティングで自分の顔を見て、あらためてクマが気になり始めたというお話だったので、もしそういうきっかけがあるなら、まずはスキンケアに取り組んでみたらいいんじゃないかと思うんです。強制されてやるものではないです。ただ、肌や髪を整えていたり、ファッションに気を遣っている人が身の周りにいたら、僕はちゃんと褒めてあげることが大事だと思っていて。恥ずかしさや照れがあって、褒めることが苦手な人も多いと思うんですけど。人から褒められることで、さらに美容やファッションを楽しもうという意欲や自信が湧いてくると思うので。
宮崎:「なんか今日肌が綺麗だね」って言われたことが、僕、人生でないかもしれないです。褒め合うっていうのは確かに重要ですよね。
悩み:最初に取り組むステップは?
回答:洗顔の後の保湿は基本。サンプルを用意している化粧品ブランドもたくさんあるので、自分が使っていて心地良いものを選んだ方がいい
─これから宮崎さんが取り組む最初のステップとして、大出さんはまずどんなことをおすすめしますか?
大出:洗顔はしていますか?
宮崎:洗顔は、洗顔フォームを使ってやっています。
大出:そうしたら、とにかく洗顔の後の保湿は基本として、ぜひ続けて欲しいです。化粧水やローションと呼ばれるものをまず付けて、水分が蒸発してしまわないように上から乳液など油分のあるもので蓋をしてください。
─自分に合ったものを選ぶためにはどうしたらいいですか?
大出:自分で選ぶのが難しかったら、コスメカウンターに行くと、最近はあちこちに肌診断機があるので、そういうものを利用したうえで、プロの意見を参考に選ぶのも一つの手です。あとは美容皮膚科に行って、肌質を見てもらうのもありだと思います。やっぱりプロってすごいですから。
宮崎:コスメカウンターは男性が行っても大丈夫ですか?
大出:もちろんです。メンズ向けのブランドがあるカウンターだったら行きやすいですし、女性の友人と一緒に行くのもありですよね。
─ちなみに宮崎さんがもともと気になっていたクマへのアプローチについてはいかがですか?
大出:クマへの対処ってすごく難しいんです。だからこそ悩んでいらっしゃる方がいっぱいいて。クマにも種類があって、いろんな原因があるので、何に当てはまるのかによって対処法も変わってきます。
宮崎:それこそ一度カウンセリングに行った方がよさそうですね。
大出:スキンケアの次の段階としてコンシーラーなどを取り入れる方法ももちろんあります。ただメイクに手を出すのは、あくまで土台となる肌のケアをしてから、というのはお伝えしておきたいです。
宮崎:連載がなかなか進まないですね……(笑)。
大出:あとはやっぱり自分が使っていて心地良いものを選んだ方がいいと思います。嫌々だと絶対に続かないので、使い心地や香りやテクスチャーの良さを基準に選ぶのが大事なポイントだと思います。
宮崎:今のお話にすごくぐっときました。「どれがいいですか?」とつい答えを求めがちだったので。自分で探して、試してみる過程も楽しんだ方がいいですよね。
大出:サンプルを用意している化粧品ブランドもたくさんありますし、いきなり百貨店のコスメカウンターに行くのはハードルが高ければ、ドラッグストアで売っている化粧品にもトラベルサイズがあるので、いろいろ試して自分の心地良さの設定を見つけていってほしいです。スキンケアもメイクも、自分が満足できることや心地いいと思うことを、選べばいいと思います。美容は楽しんでこそだと思いますし、やるとハッピーになることだと僕は思っているんです。
悩み:ある程度年を重ねるとハッピーでいられないのかな? と思ってしまう気持ちがちょっとあるんですよ
回答:ちゃんと手入れをしていると、だんだん自分が愛おしくなってくるので、ぜひそこを目指してほしいです
宮崎:個人の幸福度が高まると、社会がもうちょっと緩やかに優しくなるような気がします。個人的なことを言うと、僕はアルコール依存症になってからお酒を止めているんですけど、お酒が本当に好きだったから、「もう楽しみなんかない」って絶望したんです。でも、そういえばそのときに、自分がカッコ良くなったらちょっと気分が上がるかなと思って、一瞬だけ美容に手を付けたことを思い出しました。何かを発散しようとする時って、お酒を飲んでわーっと騒いだり、つい外に求めたりしがちですけど、肌の手入れをするような自身のケアも大事なことなんじゃないかと思うんです。
大出:僕、年を重ねても自分を楽しんでいたくて。「ウェルネスビューティ」と僕は言っているんですけど、美容と言っても外見のことだけを追求するんじゃなくて、運動や食事も含めて大切だと思うんです。それがひいては年を重ねてからの幸福度にもつながるんじゃないかと思っています。
宮崎:いまは長寿の時代になって、「人生100年時代」なんて言われているなかで、「健康寿命」という言葉もあるじゃないですか。そういう意味では、「ハッピー寿命」みたいなものも延ばしていけるといいですよね。ある程度年を重ねるとハッピーでいられないのかな? と思ってしまう気持ちがちょっとあるんですよ。
大出:でもそんなのもったいなくないですか? だから僕は人生を楽しむための美容やウェルネスを、もっと多くの人に意識してほしいなと思います。芸能人でもいいですし、同僚や友達にも、輝いている人って絶対にいると思うんです。40代、50代になっても「あいつなんだかかっこいいな」と思える存在がいたら、そういう人に目を向けてみることも大事だと思います。
宮崎:僕は本当に面倒くさがりなところがあるんですけど、連載を重ねるごとに輝いていけたらいいですね。
大出:ちゃんと手入れをしていると、だんだん自分が愛おしくなってくるので、ぜひそこを目指してほしいですね。楽しんでください。
インタビュー・テキスト:松井友里
写真:出川光
イラスト:三好愛
編集:野村由芽(me and you)
宮崎智之(みやざき・ともゆき)
1982年、東京都出身。地域紙記者として勤務後、編集プロダクションを経てフリーライターに。新刊に『モヤモヤの日々』(晶文社)、山本ぽてととの共著『言葉だけの地図 〜本屋への道のりエッセイ』(双子のライオン堂出版部)、既刊に『平熱のまま、この世界に熱狂したい』(幻冬舎)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)、『中原中也名詩選』(田畑書店)など。主な寄稿先に『文學界』、『週刊読書人』など。犬が大好き。
Twitter:https://twitter.com/miyazakid
大出剛士(おおで・つよし)
1972年、神奈川県出身。大学卒業後、出版社に勤務して女性誌のファッション&ビューティページの編集を担当。有名ヘアサロンPRを経て、富裕層向け月刊誌『SEVENSEAS』デスク、海外モード誌『Harper’s BAZAAR日本版』副編集長、ファッション業界向け季刊誌『WWDマガジン』副編集長、美容業界紙『WWD BEAUTY』編集長を務める。2019年よりフリーランスのビューティディレクター&エディターとして、美容業界をメインに活動している。