大切なのは「自分にOKを出す」こと。山口祐加・星野概念・佐々木康裕が語るセルフケア
自分を大切にするってむずかしい。一緒に話そう
vol.4
MEGLY編集部
“自分のことを大切にしたい”。そう思っていても、自分のために何かをするというのは、意外と難しいもの。日々忙しく生きていると、自分のことはついつい後回しになってしまうという人は、少なくないのではないでしょうか。
そもそも、人は一人では生きていくことができず、この社会の中でさまざまな背景や価値観を持った人たちと共存をしていかなくてはいけません。その中で、本当に心地よく生きていくには、自分だけを大切にするのではなく、自分はもちろん、誰かのことも大切にする必要があるのかもしれません。
今回お話を伺う自炊料理家®️の山口祐加さんと、精神科医・ミュージシャン・文筆家として活動する星野概念さんは、昨年出版した著書『自分のために料理を作る:自炊からはじまる「ケア」の話』(晶文社)の中で、「料理を作る」ことがもたらすケアについて対話を繰り広げました。さらに、山口さんの友人であり、時代と社会の変化に耳を傾けるスローメディア「Lobsterr」発行人の佐々木康裕さんも参加。佐々木さんは山口さんと一緒に料理をつくった経験もあるそうです。
日常の中の「作る」行為が、どのように心に影響し、ケアとなりうるのか。心地よく生きるためには、身の回りの人や社会とどのように付き合っていくと良いのか。三人の視点を通して、「自分を大切にする」ことについて探りたいと思います。
自分をいじめる方が実は楽? セルフケアの難しさ
ー特にコロナ禍以降、「セルフラブ」や「ご自愛」といった言葉もよく聞かれるようになり、「自分を大切にする」という意識が高まっているように感じます。みなさんはこの状況を、どう見ているのでしょうか?
山口:私はこれまで「自分を大切にしよう」とか「大切にしなきゃ」って、あまり考えたことがなくて。自炊も、自分の心身の調子を気にかけることも、普段からやっていることで、結果、それが自分を大切にすることにつながっている気がしています。最近、自分をケアしようが先にきてしまって、「でも、ケアって何したらいいの?」と順番が逆になっている人が多いんじゃないかな? と感じています。
星野:自分を大切にするって、実はとても難しいことだと思うんですよね。なかには山口さんのように、ごく自然に自分を労われる人もいれば、「自分を大切にするなんて恥ずかしい」とか、「自分よりもっとつらい人がいるのに」と、抵抗を感じてしまう人もいる。セルフケアが大事と言われたところで、「自分は踏み出せないんだよな」と、傷ついている人もきっとたくさんいるんじゃないかな。
佐々木:僕は、セルフラブとかセルフケアって、すごく苦手だから、その感覚はよくわかります。自分が気持ちいいかということよりも、周りがどう思っているかが先に気になってしまうところがあるんですよね。
―確かに、周りを気にしすぎて、自分のことは後回しになってしまう人はとても多いような気がします。
星野:なぜか人は自分を可愛がるより、自分にしごきを与えるほうが得意なんですよね。たぶん、そのほうが表面的には楽なんだと思います。もうボロボロになりながら、「人のために!」みたいなことって、何かいい感じがするじゃないですか。
山口:うんうん、自分は頑張っているんだって、肯定しやすいですよね。ただ、私は「自分を大切にする」って、周りから強制することじゃないと思っています。いろんな価値観や生き方があるなかで、セルフラブとかセルフケアが苦手な人がいるのは普通のことだし、それに対して「よくないよね、もっとしたほうがいいよ」とプレッシャーを与えるのも、違うんじゃないかな。
自分への期待値を下げれば余裕が生まれる
ー山口さんのように自然に自分を大切にできる人と、佐々木さんのように自分を大切にするのが苦手な人、一体何が違うのでしょう?
星野:自分を大切にできる人は、ある程度“余裕”がある人だと思うんです。そういう人は、「自分を労わるほうが、まわりまわっていろんなことがうまくいくらしい」ということを聞いて、スッと飲み込めるような気がします。それから自分の経験値としてすでに「自分を大切にするって、こんなにいいことなんだ」とわかっている人。山口さんはたぶん、このタイプですよね。
山口:私から見ると、「なんでみんなそんなに自分をいじめるんだろう?」と、不思議なんです。例えば、すごく料理上手なのに、「私は料理が下手で」とか、「全然作れなくて」と言う方が、とても多いんですよ。なんでなんだろう? と考えていたのですが、そういう方は、「100点じゃない自分」を、よしとできないのかもしれないなって。でも、自炊なんて、多少失敗することはあって当然で、40点と70点の繰り返しでいいはず。私もその繰り返しです。「常に100点取らなきゃいけないんです」なんて、しんどくないですか?
星野:多くの場合は、自分が100点を取りたいんじゃなく、そう“させられている”ような気もします。それは社会だったり常識だったり、教育の中で刷り込まれたりしたものなのかもしれません。そのうち、「100点取れないから自分はダメな人なんだ」と自己否定が強くなって、「そんな自分なんて労ってもしょうがない」と、自分を大切にすることを否定するようになってしまう。
佐々木:僕はまさに、「100点を取らなきゃいけない」と考えてきたタイプです。さっき、星野さんの言っていた 「余裕」って、なんなんだろう? と考えていたのですが、それは、お金でも時間でもない。「自分への期待値」を下げることで生まれるものなのかもしれませんね。僕は、ずっと自分への期待値を高く生きてきたから、常に頑張っていないと逆に不安になってしまうんです。でも、「40点だっていいじゃん」と言えたなら、すごく余裕が生まれるんだろうな。
大切なのは、自分にOKを出せること
山口:今回、参加していただいたのは、管理栄養士だけど自分のためには作れないとか、妻のためには頑張れるけど自分のためにはできないとか、夫が亡くなって作る相手がいなくなってしまったとか、本当にいろんな「料理が作れない」背景を持った人たちです。料理を教えているうちに、どんどん人生相談になっていって、改めて料理と人生のつながりを感じました。
星野:僕が驚いたのが、みなさん料理が全くできないとかでは全然ないみたいだったということなんですよ。でも、他者がどう思おうが、本人が「作れていない」と感じていることが、すごく重要で。僕のところへ診療に来る方の中にも、「寝れていない」と言いながら、聞けば毎日6時間寝ているという方がいたりするんですが、同じことなんですよね。どんなことでも、自分にOKを出せないということは、すごくつらいこと。さっきの自分への期待値の話にも通ずると思うのですが、「よし、今日は味噌汁作れた、自分OK」とできるか、「味噌汁ぐらいじゃ料理じゃありません。自分×」としてしまうかで、人生も大きく変わってしまうような気がします。
山口:大袈裟じゃなく、本当にそう思います。他者である私が「料理できてますよ」「上手ですよ」と言い続けてもあまり意味がなくて、やっぱり自分で自分を認められるようになってほしい。でも、それが簡単なことではないんですよね。
今回の取り組みでも、もはや自分が料理の奥にある何に悩んでいるのかわからないぐらい、悩みの糸がこんがらがってしまっている人がたくさんいました。でも、それはその人のせいじゃなく、きっと社会の情報量が多すぎるとか、プレッシャーが多すぎることが影響しているような気がするんです。だから、私たちは、外からの圧が何もない空間の中で対話をしながら、糸をゆっくりほどいていく。ほどけるとみなさん「スッキリしました!」と言うんですよ。それを見て、ああ、こういう時間がもっと必要なんじゃないかなと思いました。
押し付けじゃない“感想”が、心を上向きにしてくれることも
ー佐々木さんは、山口さんと料理を作ったことがあると聞きました。それはどういった体験でしたか?
佐々木:料理を囲んで、いろんな人と話して、共有して、すごく楽しい時間でしたね。自分の作ったものをみんなに食べてもらったり、褒めてもらったりするのは、こんなにも嬉しいことなんだという気づきもありました。
山口:佐々木さんが持ってきたプラムを使って、サラダを作ったのですが、見た目もきれいで味もめちゃくちゃ美味しいって、みんなに大好評だったんですよ。それで佐々木さんがすごく嬉しそうにされているのを見て、やっぱり料理っていいな、と感じました。私は、作った料理には、その人自身が現れると思っていて。だから、あのサラダを通じて、みんな佐々木さんを褒めていたんですよ。
―料理を作ることが、心に良い影響をもたらすのは、こうした嬉しさを体感できることにもありそうですね。
星野:料理だけに関わらず、「作る」という行為は、心に良い影響を及ぼす部分があると思います。まず、作るとその先に感想が生まれるじゃないですか。人の感想というのは、実はすごく力のあるものなんです。
今回の山口さんとの取り組みの中で、「リフレクティング」というプロセスを入れました。これは、参加者とZoomを繋いだ状態のまま、僕と山口さんだけが感想を言い合うんです。参加者はそこで聞いているだけなのですが、「すごく料理上手ですよね」とか、「作れていますよね」とか、僕らが勝手に感想を言い合っているのを耳にするのと、「料理できるじゃないですか」と直接言われるのとでは、心への響き方が全然違ってくるんです。やっぱり人は押し付けられると、どうしても反発心が湧くものですが、感想って押し付けにならないんですよ。だから、素直に受け入れることができるんです。
ー例えば1人暮らしだったりして、近くに感想を言ってくれる人がいないという場合には、どうしたらいいのでしょう。自分で自分に感想を言うのもアリですか?
山口:私は一人で料理をするときも「うん、美味しいじゃん!」って言うし、1人で拍手することもありますよ(笑)。
佐々木:それ、いいですね(笑)。最近、読んでいる本『暗闇のなかの希望』(ちくま文庫)の中で、「小さな勝利をちゃんと祝福しよう」という言葉に出会って、すごくいいなと思ったんですよね。僕はこれまで何か「できたな」と思っても、自分の中で「大したことない」と片付けがちだったんです。でも、本当ならもっと「よくやったよ」と祝福すべきだったなと。
星野:大事なことだと思います。実は僕も数年前から、自分に対して何かと「よくやった」と言うように心がけているんです。最初は自分を褒めるということに抵抗があるのですが、とにかく練習を積み重ねていくことが大切。そのうち、「今日も遅刻しちゃった。自分のバカ!」ではなく「今日は3分の遅刻で済んだ。頑張った」と、物事の見方もポジティブに変わっていきます。自分を肯定できるようになると、気持ちも上向きになっていきますよね。
傷ついたとき、心が弱ったとき、それを言える安心安全な場所が必要
ーセルフラブやセルフケアが苦手だという佐々木さんですが、つらいことや嫌なことがあったとき、どうしているのですか?
佐々木:僕は自分の中で気持ちを処理するのがめちゃくちゃ下手くそで。仕事でつらいことがあっても、自分で抱え込んでモヤモヤしているだけということが多かったんですよね。周りにシールドを張って自分を守っていたようなところがあったのかもしれません。でも、そうしていると、自分の感情を感じることが下手になっていっていることに気づいて。悲しさや怒りも感じなければ、嬉しさや喜びも感じない。そうすると、全然楽しくないんですよ。
それで最近は、人に話す、共有するということを心がけるようにしているんです。自分の持ち物じゃなく、みんなの持ちものにして一緒に考えるみたいな。たぶん、見え方を変えるということが大事なんだと思うんです。第三者の視点から意見をもらうことで、ふっと心が軽くなることもあります。
山口:女性は友達と飲みに行って慰め合うとか、できる人も多いと感じているのですが、男性は、自分の弱いところを見せ合うのが苦手な人が多いイメージがあります。「あいつマジ腹立つ!」とか「悲しい!」とか、どんどん周りに言って、感情を動かして生きた方が楽しいんじゃないかなと勝手に思っているんですけど……。
星野:それは、簡単なことのようで、難しい部分もあると思うんですよね。そもそも何が嫌なのかが、わからない。「言ってみろ」と言われても、感情をうまく言葉にできない人はいると思うんです。じゃあそういう人はどうしたらいいかというと、「言ってもいいんだ」という体験をすることが大事です。なぜ自分が嫌な気持ちになっているのか、しどろもどろでもいいから、まず、言葉にしてみる。聞いてもらう。そのためには、自分にとって安心安全な場所を見つけることが必要です。
―それは必ずしも専門機関でなくてもよいのでしょうか?
星野:カウンセラーでもいいし、信頼できる友人や家族でもいいと思います。誰にとっても安心安全な場所がもっと増えるといいんですけどね。
セルフケアは一人じゃできない。迷惑をかけあって生きればいい
―周りに迷惑をかけてしまうのが怖くて、とか、申し訳なくて、と、自分の感情を押し殺してしまう人は多いように思います。自分を大切にしながら、周りの人や社会と上手に付き合っていくには、どうしたらいいのでしょうか?
星野:「生きるの超楽!」みたいな人ってなかなかいなくて、みんなきついと思うんですよね。だから、その苦しみをそれぞれ持ち合いながら、なんとかやっていけるのが理想だと思っています。「リフレクティング」なんかわかりやすい例ですけれど、実は、セルフケアや自分を大切にするということは、自分だけでやるのはなかなか難しくて、人の力を借りることでもあったりすると思うんです。
佐々木:本当にそうですね。僕も今は、自分の感情に目を向けるために、「友達をたくさん作ろう」ということが大きなテーマになっています。
山口:今の世の中、やたらめったら「自己責任」にしてしまっているなと思っていて、私は、みんなどんどん小さく迷惑をかけたらいいと思うんですよね。適度にお互いが迷惑をかけあっていた方が、多少迷惑だなと思っても、「まぁ、自分もこういうことあるしな」と思えて、受け入れられる気がします。そっちの方が、どこかに皺寄せがいって無理が生まれるようなことがないのでないでしょうか。
星野:それはそうですよね。無理して何かをしたエネルギーは、結局回り回って、周りに影響を与えてしまって、みんなが迷惑するというパターンも多いですからね。「お互い様」と許しあえることが大事なんじゃないかな。
インタビュー・テキスト:秦レンナ
写真:タケシタトモヒロ
編集:野村由芽(me and you)