山本奈衣瑠と散歩。考えすぎず、ぱっと出てきた「大切なもの」が答え
あの人とめぐる。心も身体もめぐる場所
vol.2
こころやからだがめぐる、とはどんな状態なのでしょう? 場所やまわりの人との関係性、自分のライフスタイル、様々なものが偶発的にめぐり合って、こころやからだの動きを作っていくのではないでしょうか。
毎日歩く道、近所の住宅街、学校や会社、いつもと変わらない景色。一見なんの変哲もない日常に目を凝らし、めぐりを促すようなときめきや楽しい変化をキャッチする、モデル・俳優の山本奈衣瑠さん。ひとりで散歩をすることでめぐりを感じるという彼女の散歩コースのひとつ・代官山の住宅街で、奈衣瑠さん流のときめきの見つけ方、編集長を務める『EA magazine』を制作するに至った思いや当時の心のめぐり、社会との向き合い方まで伺いました。
「ときめきを忘れないようにたくさん集めておきたいと思って、住宅街を散歩しています」
—めぐりを感じたり、ありのままの自分に戻れたりする場所として、代官山の住宅街を選んでいただいた理由を教えてください。
山本:代官山で仕事が終わると、よく渋谷まで歩くんです。誰かと歩くのもいいけど、私はひとりで歩く時間をわざわざ設けるくらい、散歩の時間が必要で。代官山から渋谷までも、近い道を通るのではなくてわざと住宅街のなかのいろんな道をくねくね歩いています。
—大きい通りではなく住宅街なんですね。
山本:人がいない道にたどり着く瞬間がすごく好きで。その瞬間、さっきまでは賑やかな通りにいたのに、急に自分と対話する時間に変わるというか。ひとりで歩いているときは、音にならない声で自分の身体のなかで喋っている感覚なんです。「今日はこうだったな」とか「あ、これきれいだな」とか、自分が何を思っているのかを自分で聞く時間になっています。
—そうやって歩いているとき、どんなことを考えているのですか?
山本:まず、私のなかには、自分の目にだけに見えるときめきみたいなものがあって。たとえば、ただ落ちているゴミの色合いや壁にあたった日の光の色がすごくきれいだとか、そういうことになぜかときめいてしまうんです。そのときめきが住宅街にはたくさん転がっていて。さらに、散歩で見かけたきれいな色を別の日にふと思い出す瞬間がすごく好きなんです。誰かと分かち合えないことでも、世界の大きなニュースじゃないことでも、自分のなかでの大きなニュースみたいなものが私の拠り所になっているんですよね。なので、そういうときめきを忘れないようにたくさん集めておきたいと思って、住宅街を散歩しています。
—ひとりで散歩する時間を設けて、そのなかでときめきを集めることが必要だと気づいたきっかけはなんだったのでしょうか?
山本:もともと家が都心ではなく最寄駅からも離れているので、歩く習慣はありました。駅から自宅までの道も、川が流れていて、土手があって、空がひらけていて、一生ここにいたいと思うくらい良いんですよね。子どもの頃から毎日歩いているのに、なんでこんなに飽きないんだろう? とふと考えたことがあったのですが、私はたぶん一見同じような景色のなかに、自分にしかわからない何かを感じてときめくんだろうなと思ったんです。だとしたら自宅のまわりだけじゃなくて、違う場所にもおもしろいものがいっぱいあるかもしれないと思って、いろんなところを散歩するようになりました。
—散歩を始めたらやっぱり代官山や他の街でもおもしろい発見ができたということですね。
山本:そうですね。自分の身近にあるものによって、いろんな思い出や感覚が思い出されて、自分のなかがめぐる瞬間が好きなのだと思います。その感覚は代官山みたいな都会でも感じますね。
「自分が感じたことを自分が忘れないということが大切だなと思っています」
—それは季節の変化をより色濃く感じるとか、ちょっとした自然の変化に敏感になるということとは違うのでしょうか?
山本:どちらかというと私は季節がめぐっていくことに毎年ついていけなくて。体調というよりも、春・夏・秋・冬と4つも季節がぐるぐるしていることに「ちょっと待ってよ!」という、焦るような気持ちになってしまうんです。特に夏が終わることを受け入れられない。夏って植物や生物が生き生きしているからときめく回数がすごく多いんですよ。秋冬は寒いし、夏に比べて植物も休眠しているから入ってくる情報が少ない感じがして。
—じゃあまさに今の季節はついていけていない感覚ですか?
山本:今年は秋を受け入れるためにどうしようか考えていたんです。この間、地方に行ったときに、私はいつまでも夏を引きずっているのに、当たり前のように栗が落ちていて、ススキが揺れていたんですよ。その「私たちはもう普通に秋にいますよ?」という顔をしている植物たちを見てはっとしたんです。私はいつも良かったことに引っ張られがち。だから、夏が過ぎていくのを惜しんでしまうし、秋風が吹いても「ああ、夏が終わっちゃう」って思ってたんですけど、植物みたいにひとずつ次の季節に向かっていることを自覚したらいいんだって気づいたんです。
—季節がめぐっていることを体感するというか。
山本:そう、自分も身体のなかから秋人間になっていけばいいんだ、っていうか。だから、まずは秋の食べ物をたくさん食べて、身体中にめぐっている自分の血をすべて秋にしようと思ったんです。友達たちとも「秋会」というグループを作って、さつまいも味のアイスを食べたとか栗味のシュークリームを食べたとか、秋のおいしい食べ物を見つけたらみんなでLINEを送り合うことになって。それまでは「秋ってそういうスイーツあるよね」みたいな感じだったんですけど、みんながわざわざ見つけて食べているものを見るとなんだか秋をちゃんと自覚できた。みんなも同じように秋を食べてるんだって思うと嬉しかったし、みんながどんな秋を食べていたか、「秋会」が終わったあとに細かくノートにまとめていました(笑)。
—ノートに! 先ほど「ときめきを忘れないように集めておきたい」とおっしゃっていましたが、忘れたくないという気持ちが強いのでしょうか。
山本:すべての瞬間が大切すぎて忘れたくないです。友達から「人間の細胞は何日間かで全部入れ替わっちゃうらしい」という話を聞いたことがきっかけで、忘れたくないと思うようになりました。身体の細胞が全部入れ替わっていっちゃうならば、思考と思い出にしか私は残らない。自分が自分のなかにちゃんといるという事実を知ったり思い出したりするためには、やっぱり「自分が感じたことを自分が忘れない」ということが大切だなと思っています。
「環境が少しずつ破壊されているということは、自分がなくなっていくのと同じだなと思います」
—奈衣瑠さんはモデルだけでなく『EA magazine』の編集長をされたり、俳優活動をされたり、様々なお仕事をされていますが、お仕事をするなかでめぐりを感じることはありますか?
山本:川みたいにじゃぼじゃぼめぐっている感覚があります。でも、インタビューを受けているときも、カメラを向けられるときも、外で友達と遊んでいるときも、私自身は何も変わっていなくて。私の大切にしているものやときめくものが流れている川があって、その川の流れと、外から来る「今日はモデルでこういう写真を撮るよ」「今日はこういう役の演技をするよ」ということがぶつかったときに、普段の自分にないものが生まれてくる。だから、常に外から来たものとぶつかれる状態、反応できる状態でいることを大事にしています。
—その川こそが奈衣瑠さん自身で、その川はどんなことがあっても流れ続けているんですね。逆に奈衣瑠さんはめぐっていないと感じることはありますか?
山本:学生時代はめぐってなかったかも。めぐっていたのかもしれないけど、たぶん長い草に囲まれたほっそい川みたいな状態だったというか(笑)。その川が自分に何をもたらすのかとか自分がめぐるということだとかを根本的に気づいていませんでした。学生時代は今とは違う街で暮らしていて、まわりには家庭環境が大変な友達がいっぱいいたし、私自身も母子家庭で、頭も本当に悪くて映画も本も見ていませんでした。でも、美術とか点数で明確に評価されないものだけはまわりから褒められていた、みたいな。社会的に排除されがちな立場にいたから、新しい情報もまわってこず、選択肢が少なかったんですよね。つまり、自分の川とぶつかるものがすごく少なかった。私にはときめくものがあって、それにぶつかると反応するんだということにも気づいていませんでした。
—知らないことが多かったというか。
山本:そうですね。そんななかで私はみんなよりできないことも多くて葛藤していました。できなさ加減をバカにされるとかじゃなく、努力をしていてもできなすぎて「こんな人いるはずない」って言われるくらいの立ち位置だったんです。たとえばバイトをしていても毎回レジを打ち間違えて泣いていたし、セクハラしてくる人もいたから、社会ってこういうもので、ときめくものなんて何もなくて、ただお金を稼いで友達と遊んで生きていくんだなと思っていましたね。でも、この業界に入ってからは自分と似たような人が実はたくさんいるということを知って、そこから川が広がっていった気がします。流れたと思ったらまた違う人たちとつながって反応するし、こんな世界があるんだ! って。『EA magazine』も、学生時代の私のように知らず知らずのうちに何かにせきとめられている人がいるのであれば、それをぶち壊したいと思って作り始めました。
—『EA magazine』では環境問題などの社会問題も取り上げていますね。
山本:社会問題に興味を持ったのも、自分の好きな季節や好きな食べ物がなくなっちゃうのが無理すぎるっていうのが大きいです。季節にいろんな自分の思い出をしまっているから、季節がめぐるごとに何年も前の自分と出会えたりする。冬がなくなって四季が4つじゃなくなっちゃったら、冬にあった私の思い出をいつ誰が思い出せるんだろうと思うし、ふと風が吹いたときに「この匂いってあの思い出じゃん」ってなる瞬間がなくなってしまう可能性があると嫌なんです。だから、環境が少しずつ破壊されているということは、自分がなくなっていくのと同じだなと思います。大きな問題というより、自分の問題と社会の問題ってつながっていると思って世の中を見ていますね。
—社会問題を掘り下げていくのも、自分のときめきを守るためなのですね。
山本:そうですね。でも、仕事をしたり学校に行ったり子育てしたりする隙間で社会に向き合うってめちゃくちゃ大変。それぞれに状況が違うなかで、どうやって誰もが同じバイブスで社会について考えられるだろうと思ったときに、「自分にとって大切なもの、愛おしいもの、守りたいものはなんですか?」という問いに対する答えが、すべてにつながるんじゃないかと思っています。
だから、もし社会問題についてどう考えたらいいかわからない人がいたら、まずは自分にとって大切なものを感じてほしいですね。たとえば、学生さんが友達といる時間が大事って思うんだったら、友達と楽しく過ごすためには自分が安心して暮らせる状態が必要で、そのためには実は選挙って大事だよね、とか。大切なものも、考えすぎずに最初にぱっと出てきたものがいちばんの答えだと思います。
「助けを求める相手が特定の人ではないということが、私はポイントだと思っています」
—ここまでお話を伺ってきて、奈衣瑠さんはとてもめぐっている状態なのだなと感じました。
山本:こんな話をしてますが、もちろん日々のなかで疲れることもありますよ。そういうときこそ、好きなものやときめきを求めて、ひとりで歩いています。空とか風とかいつもあるものもそうですし、大好きな西洋絵画たちにも助けられていますね。土手でぼーっとしてから家に帰ったり、ポテチ食べながら自分の好きなギュスターヴ・クールベの画集を見て「うわー! 最高!」って思ったり。残酷だけど、この世界をサバイブしていくためには自分で自分のことを守らなければいけなくなってしまった。そのなかで助けを求める相手が特定の人ではないということが、私はポイントだと思っています。自然も西洋絵画も、ずっと変わらずにいてくれるし、しゃべらないから、常に私が思ったことを肯定してくれる気がするんです。
—最後に、WEB CMに出演いただいたMEGLYをはじめ、奈衣瑠さんがどのようにセルフケアをしているのかを教えてください。
山本:MEGLYは手軽に使えるので、日常生活に組み込みやすくてめちゃくちゃ助かっています。ブランドとして、人間誰しもがすこやかに生きるためのひとつの選択肢を提供しているという印象です。どの性別の人だって、身体や肌がよりすこやかなほうがきっといいですよね。それを表層的ではなく、すごくじっくり考えてプロダクトにしているんだなと感じます。身体のことでいうと、今年からピラティスを始めました。私は見た目を気にするというよりかは、肌や身体くらいは自分の味方でいてほしいと思ってケアをしています。どんなにいいことが起きても、肌や身体の状態が良くないと、鏡と向き合ったときにすごく落ち込んでしまう。だから、自分が良いモチベーションでいるために、肌や身体を自分でケアするようにしています。
取材・文:飯嶋藍子(sou)
撮影:中里虎鉄
編集:野村由芽(me and you)
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