食べる炭酸? 有馬温泉名物「炭酸せんべい」の誕生秘話
身近なものだけど、実はあまりよく分からない、「炭酸」を知って活用していくための場所。
炭酸のちから
「有馬(ありま)温泉」は、兵庫県神戸市北区有馬町にある日本三古湯(にほんさんことう)のひとつ。太閤秀吉の時代から多くの著名人が訪れた、由緒ある温泉です。また、天然の「炭酸泉」を楽しめる数少ない温泉地としても知られています。
そんな有馬温泉のご当地お菓子として人気なのが「炭酸せんべい」。サクサクっとした絶妙な食感に素朴な甘さがマッチして、ひと口食べると止まらないおいしさです。
今回は、炭酸せんべいの老舗・湯の花堂本舗の覚前正子(かくまえ・まさこ)さんに炭酸せんべいの歴史やルーツを伺いながら、炭酸の魅力を紐解きます。
※日本三古湯は、有馬温泉のほかに和歌山県の白浜温泉、愛媛県の道後温泉の3つを指す
炭酸泉の意外な過去。昔は「毒水」と恐れられていた
「炭酸せんべい」は、有馬温泉に天然の炭酸泉(銀泉。有馬温泉には銀泉のほか、ラジウム銀泉、金泉の3つの温泉があります)が湧き出ていたことから誕生したお菓子です。じつはこの炭酸泉、大昔は「毒水」と呼ばれて大変恐れられていたのだそう。
「昔の人は、炭酸泉源から発生する炭酸ガスを吸った鳥や虫が死んでいるのを見て、『これはよくないものだ』と考え、近づかなかったと聞いています。それが、明治8年に内務省の調査により、浴用にも飲用にも適した良質な温泉であることがわかったそうなんです。おそらく、秀吉などが訪れていたとされるころの有馬温泉は、炭酸泉としてではなく、一般的な湯治目的の温泉として、ラジウム銀泉や金泉を楽しんでいたのだろうと思います」
「当時は、炭酸泉の源泉を汲んでもいいという権利が有馬町民だけに与えられていたため、一升瓶に源泉を入れて家に持ち帰っていたらしいのですが、当時の源泉は炭酸の濃度が非常に高く、瓶の栓が鉄砲のようにポーンと飛んでいくほどだったという話しもあるんですよ」(覚前さん)
せんべいにソーダ水。有馬温泉では炭酸泉が大活躍
有馬の地には、炭酸せんべいをはじめ、さまざまな炭酸の楽しみがあると覚前さんは語ります。
「炭酸源泉を使って名物をつくろうと考案されたのが、『炭酸せんべい』です。誕生当時は、ハイカラなお菓子としても有名だったと聞きました。また、有馬温泉には炭酸泉の源泉が出る蛇口があり、自由に飲めるようになっているんです。50年ほど前は炭酸泉源の炭酸水も炭酸が強く味もピュアだったようで地元の小学校の遠足で蛇口から出る炭酸泉をコップに汲み、砂糖を入れてソーダ水を楽しんでいたそうです。いま飲むと少々、鉄分を感じる錆臭い感じで独特の風味になっています。美味しくいただけるおみやげに『ありまサイダーてっぽう水』があるので、有馬温泉に来た際にはぜひ試してみてください」(覚前さん)
「炭酸せんべい」は炭酸水なしでは作れない
覚前さんが「ハイカラだった」という通り、炭酸せんべいはまるで洋菓子のような風味で、ほんのりとしたなつかしい甘みと、パリパリサクサクとした食感が魅力。「せんべい」というネーミングからは想像もつかないほどの軽い味わいに驚かされますが、このパリサク感こそ、炭酸にしか出せない食感なのだそう。
「湯の花堂本舗の炭酸せんべいは『重曹・水・小麦粉・砂糖・でんぷん・塩』でつくっているのですが、じつは以前、『普通の水』を使った場合と『炭酸水(重曹+水)』を使った場合で、どのくらいの違いがでるか実験したことがあるんです。『炭酸水』を使うとサクッ、パリッと仕上がるのに対し、『普通の水』を使った方は、硬い食感になってしまったんですよね。それで、炭酸水は必要不可欠な材料なんだとわかりました。ちなみに、炭酸せんべいが誕生したばかりのころは本当に温泉水を使っていたそうですが、今は重曹と水でつくっています」(覚前さん)
てんぷらや唐揚げの衣などの料理に炭酸水を使うとサクッサクに仕上がるのと、同じ仕組み。サクサク感が増すのは火を通す際に炭酸が気体化し、空気の層ができるためです。
「材料の配合は、シンプルで昔からほとんど変わっていないんですよ。『炭酸せんべい』はいろいろなお店が独自の配合量でつくっているため、お店によって味も薄さも違うのですが、湯の花堂本舗は薄さとサクサク感にこだわってつくっています」(覚前さん)
炭酸のちからが加わることで、より一層おいしく仕上がる「炭酸せんべい」。そのパリパリサクサク感は、味わってみる価値ありです。
文/編集:MEGLY編集部
イラスト:小林マキ