自分も急かされず、人も急かさない。スローなメディア「Lobsterr」
「情報」とどう付き合っていく?
vol.2
情報収集や、コミュニケーションの手段として、SNSは私たちの日常に欠かせない存在となっています。一方で、日々タイムラインに流れてくる玉石混交の膨大な情報や、SNS上でのやりとりに疲弊してしまうことも。長時間のSNSの利用によるメンタルヘルスへの影響も示唆される中で、ヘルシーに情報と向き合うためには、どのような姿勢でいれば良いのでしょうか。
連載「『情報』とどう付き合っていく?」のvol.2は、毎週月曜日の午前7時にニュースレターを配信する「Lobsterr(ロブスター)」の発起人である佐々木康裕さんと、岡橋惇さん。「スローメディア」であること、日本語メディアでは紹介されない視点や文脈が入っているものを選ぶこと、ロングスパンの視座であること。自分たちも急かされず、人のことも急かさないニュースレターというフォーマットでLobsterrが取り組んでいる、さまざまな伝え方の実験についてうかがいました。
アメリカとイギリスに住んでいた二人。もともと好きだったニュースレターカルチャー
―毎回Lobsterrを読むたび、時代のトピックについて程よい距離感と情報量で触れられるように感じられる一方で、編集する側はそれなりの時間をかけているんじゃないかなと感じます。お二人とも本業がある中で、どのようにニュースレター配信を始めるに至ったのでしょうか?
佐々木:Lobsterr創設の言い出しっぺのわたしから話しますね(笑)。2007年にアメリカに住んでいた頃、現地でニュースレターのカルチャーができ始めていて、そこでまずSNSとは違った性質を持つニュースレターの面白さを感じたんです。読んでいると、SNSで情報に触れているときとは全く違う、思索するモードになれることが好きだったんです。そこから、ふとした瞬間に日本語でも同じような感覚になれるニュースレターがあればいいなと思ったことがLobsterrの一番最初の動機です。
かといって、自分ひとりでは続けられないとわかっていたので、忘れもしない2018年12月25日のクリスマスに蕎麦屋の個室に岡橋さんを誘って構想を持ちかけたことでLobsterrが誕生しました。当時は、岡橋さんに加えてライターの宮本(裕人)さんという3人で立ち上げて。それまで岡橋さんとは仕事をご一緒にしたことはあるけど、特にプライベートでお会いしたことも、友達という距離感でもなかったんですけどね。
―そうなんですか……! それまで特に面識が深いわけでもなかった中で、お声掛けするって絶妙な距離感ですね。
佐々木:そうですね。お仕事でご一緒したときに、岡橋さんの考えるベクトルが素敵だなと記憶していて。
岡橋:僕も二つ返事でやりたいです、と言いましたね。もともとイギリスの雑誌「MONOCLE」で働いていたこともあってメディアが好きで、いつか自分でも何かやってみたいなという想いを抱いていました。とはいえ、即時的な発信にはあまり興味がなくて、当時はTwitterアカウントすら持っていなかったのですが、佐々木さんと同じく海外のニュースレターを読んでいたこともあって、配信するフォーマットに対しても親しみが持てました。
―お二人とも、もともとニュースレターカルチャーが好きだったことが共通項になったんですね。海外在住中の体感的として、ニュースレターが始まり普及した時代背景ってどのようなものだったか覚えていますか?
佐々木:体感なのでざっくりですが、2004〜5年頃に広まったブログカルチャーの延長にあるような気はしていますね。当時は社会や業界に対する分析を自分の考えで長文に語るブログが多くて、そこから徐々にフォーマットがニュースレターに変わっていったようなところがあるのかなと。日本はnoteなど受け皿があったので、ニュースレターへの移行は海外ほどなかったのかもしれないですね。
岡橋:あと海外メディアでは、個人で活躍できるような編集者やライターが所属していることもあって、記事とは別に「オピニオンセクション」というそれぞれの意見を執筆するコーナーが重宝されていた背景もあるかもしれないです。ほかにもビジネスやテック業界でもインベスター向けの年間数千ドルするような購読型ニュースレターが生まれたことも、さまざまな業界に幅広く浸透したひとつのきっかけだと思います。
佐々木:そうですね。海外ではメディアに所属している編集者やライターが個人名で意見を出せる背景があるから、ニュースレターというフォーマットと相性が良かったのかもしれないです。
岡橋:メディア側もSNSだけではなく、ニュースレターを使うことで読者との新たな関係性を築けるようになった全体の流れもあると思います。
自分たちも急かされず、人のことも急かさないニュースレターのフォーマット
―日本では数年前まで編集者やライターのクレジットが載っていないメディアもあったことから、そこまで一個人の発言の影響力はないように感じます。読者に対してよりパーソナルな視点を届ける上で、どのようなニュースレターの設計づくりを考えていったのでしょうか?
佐々木:以前から読んでいたニュースレターの中で、アナリスト・コンサルタントのベネディクト・エバンスさんの内容がとても好きだったんですよね。彼は1週間で起きたテック業界の出来事にプチ解説を載せて紹介しているのですが、彼の着眼点もコメントも面白くて。なので、フォーマットはそれに近いものにしようというベースの構想はありました。ただ、少しだけ工夫していて、コーナー名を「What We Read This Week」にしています。今週起きたこと、ではなく今週読んだもの。それもたまたま、5年前の記事を今週読んだら載せてもいいというふうに、時間に追い立てられないような工夫をしましたね。
また、出来事の紹介だけだと味気ないかな、ということで3人のパーソナルな面も含めて紹介する「Outlook」というエッセイのコーナーを設けています。
―その時間に追い立てられないベースの意識がスローメディアと言われる所以なんですね。
佐々木:大前提としてニュースレター自体が自分たちも急かされず、人のことも急かさないフォーマットだなと思います。Twitterはいつ更新があるか分からないから無限スクロールしてしまうけど、ニュースレターは曜日が決まっているから自分たちも読者の方々も情報に対して脊髄反射したりする必要がない。
岡橋:大きなニュースは毎週のように起きていますが、だからといって必ずそのニュースをすぐに取り上げなきゃという意識もあまりないです。それよりも、もう少し時間が経ってから多角的な考察が出てきたときに、それらを紹介しながら自分の考えを添えるスタンスを取っています。なので、どちらかというと、ニュースというよりも視点や文脈を届ける意識の方が強いですね。
―しばらく時間を置く理由としては、まだまだ思考する余地があるだろうという考えがあるのでしょうか?
岡橋:そうですね、脊髄反射してもあまりいいことがないと思っているのと同時に、これから色々な視点が出てくるはずという2つの想いがありますね。
佐々木:僕たちの発信の考え方として、「判断」をしないんですよね。すべての物事に対して白黒はっきり言い切れないと思っていて、いまネガティブに感じるニュースも長い目で見れば、実は社会にとってポジティブな結果になりうるかもしれない。そういう考え方で、判断の保留をずっとし続けている感じです。
「色々な視点を吸収した後に一個人の迷いや考え、戸惑いを吐露していることが読者の方々にも伝わっているんだと思います」(佐々木)
―テキストによる一方向な伝え方だと、対話的なフォーマットに比べて余白を含むことが難しいように感じます。よりダイレクトに感じられてしまうというか。
佐々木:個人的には、編集会議をやっていないことが余白づくりのプラスに働いてるのかなと思います。
岡橋:基本的にやり取りは全てリモートで行なっていて。Slackのチャンネルに各々情報とリンクを1週間共有し続けて、週末に佐々木さんからGoogle Docsが送られてくる。そこに各自転記していって、その週の編集担当者が最後整えて配信するといった流れで、僕らが直接話したり議論したりすることはないんです。
佐々木:そうしたプロセスで色々な視点を吸収した後に一個人の迷いや考え、戸惑いを吐露していることが読者の方々にも伝わっているんだと思います。Lobsterrの読者の方々も性格的に決めつけるというよりも、自信なさそうに「こうじゃないですかね」というようなコミュニケーションを好むようなイメージがあるんですよね。
―あくまでも自分の等身大で感じたことを伝えるんですね。それも誇張して端的にメッセージを発信するSNSの特性とは違うものですね。
岡橋:根底にLobsterrを通じて読者に伝えたいことというよりも、自分のために書いている意識があるからだと思います。冒頭で話した通り「What We Read this Week」で淡々と今週読んだものを紹介することで、僕自身救われている部分があって。もちろん出来るだけ面白いものを探そうとは思っていますが、やっぱりどうしても見つからないときにタイトルに立ち戻ると「一旦、自分が考えていることをきちっと言語化すればいいんだ」と心が軽くなります。2021年9月に出版したLobsterrの書籍『いくつもの月曜日』のあとがきにも書いたのですが、映画監督のマーティン・スコセッシの「最もパーソナルなことが最もクリエイティブだ」という言葉がとても好きなんです。日常の生活の中で感じたことや想いを書く、ただそれだけなんです。
佐々木:僕も同じく、自分の考えとは違う視点を新たに獲得したときに感じたことを書いてますね。それも最近流行っている書籍ではなく、あえてみんなが読んでなさそうな書籍の一節から現代に生きる自分なりの気づきを書くことで、おのずと時代を反映する考え方になっているのかなと。そうして編集会議をしなくても、それぞれの考え方が集まったときに不思議と縦糸が繋がってることがあるんですよね。そこに時代の流れも呼応することで横糸も見えてきて。特に毎週テーマを設けているわけでもなく、ランダムにやっているのに通時性が起きていて面白いなと感じています。
「世の中のことを情報そのものではなく、文脈を収集しながら知っていきたい」(岡橋)
―紹介する記事のほとんどが英語圏のものですが、そこに対してもなにか意図がありますか?
岡橋:創刊当初に、あまり日本語メディアでは紹介されない視点や文脈が入っているものを選ぼうという編集方針のようなものを決めましたね。ピックした記事のリンクをただ貼り付けるのではなくて、ちゃんと読んで日本語でサマリーをつけているので、読めばある程度知ったかぶりできるところまでは仕上げたくて。でもその動機も、やっぱり自分が世の中のことを情報そのものではなく、文脈を収集しながら知っていきたいという気持ちがあります。例えば、気候変動ひとつ取っても、COP27(第27回気候変動枠組条約締約国会議)で発表された内容だけじゃなくて南太平洋に住む人々、フィジーの移転計画(気候変動に伴う海面上昇によって、海抜の低い沿岸国や島嶼国では、従来の居住地から移住を余儀なくされる問題が大きな課題となっている)など色々と派生して繋がってきますよね。そういう多角的な世界を見ることで、より世の中に対して意識的になれて興味を持つことができるんじゃないかと考えています。
佐々木:僕も個人的に日本社会にある伝統的な価値観の中で生きづらいなと感じても、海外の視点に触れれば、どこか救われる感覚があって。たまたま日本で局地的に起こっているだけで、外を見れば意外とそうでもないことがわかったりすることもあるし、そういうモチベーションでリンクを踏んでいただけたら嬉しいです。個人的には写真家の星野道夫さんが「今アラスカでは海の上でクジラがしぶきを上げながらジャンプしているのだということに想いを馳せる」といったことを書かれていたように、Lobsterrで紹介する記事が時空を超えた世界を妄想するきっかけになったらいいなと思います。
―読者との程よい距離感、そして佐々木さんと岡橋さんの間でも程よい距離感をつくる上で意識していることはありますか? 同じトピックに対してお二人が反対意見を綴っていることもあって、これまでのお話を聞く限り一緒に活動している一方で、どこかお互いに独立しているような印象も受けます。
佐々木:あんまりつるむことが好きじゃないメンバーが集まったことですかね(笑)。もし1人でもいつもみんなで一緒にご飯することが好きな人がいたら、逆にここまで続かなかったかもしれないです。ニュースレターをつくること、あるいは自分たちで読むことは極めてパーソナルな時間なんです。そして、その時間の尊さを各々がすごく理解していて。執筆する中でその人自身の人格が形成されたり、深堀されることを知っているからこそ入り込まずに、相手がアウトプットしたものを受け止めつつ、自分の想いも伝えるということを繰り返しているんだと思います。
岡橋:そうだと思います。たしかに共同でやっていますけど、書き物自体はすごく内省的で孤独な作業です。せわしない平日を乗り越えて、週末に早起きして記事を読んで書いているともちろん体力的には疲れるんですが、同時にすごく満たされるんですよね。でも1人では絶対できないけど、孤独と共同体のバランスがちょうどいいのかもといま話しながら改めて思いました。
メディアの規模について考えていること「ニッチであり続けることの誇り」
―お互いにとってLobsterrとはどのような存在ですか? もともとお二人のバックグラウンドも異なる中で、自分の本業とはまた別の想いがあるのかなと。
岡橋:僕は雑誌「MONOCLE」に入る前から、カルチャーによって人々のマインドが変わることに興味があって。当時は社会学、人類学、心理学のどの学部に当てはまるのか理解してなかったですが、イギリス留学で心理学部に在学しながら雑誌の仕事をしていました。振り返ってみるとその当時から、ずっと世の中はなぜこうなっているのか、人々はなぜこういうふうに考えるのかに興味があったので、その延長線上にLobsterrがあるんだと思います。
佐々木:僕はあまりキャリアの延長線上になくて、ずっと自分が読書や考え事が好きだったことが動機ですね。僕の場合は大学卒業後に商社に10年間勤めた後、18歳の頃に興味があった「伝えること」への想いに向かって、ここ10年以上にわたって軌道修正を行なってきたと思っていて。もともとは、自分で決めたようで実は社会の常識やプレッシャーから決めているというエーリッヒ・フロムの言葉「疎外された能動性」に動機付けられていましたが、ニュースレターがあるおかげで、もともと好きだったことを実践できているという実感があります。
―今後のLobsterrについて教えてください。
佐々木:少し前までは規模を大きくしようという話は上がっていたんですが……最近はむしろニッチであり続けることの誇りを感じるようになりました。
岡橋:現在有料化しているPodcastも最初の頃は無料で公開していたので、来年くらいに新しい企画をやろうとかなと思っています。でも出版した書籍ですら1年前に計画したままだったので、いつもやり始めるまでが長いんですよね。なにするにしても超スロー。
佐々木:ゆっくりであることに躊躇しないですよね。本当にスローメディアなんです(笑)。
インタビュー・テキスト:倉田佳子
写真:小林真梨子
編集:野村由芽(me and you)
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