「自分らしく生きたいけれど、自分がよくわからない」人へ。ジャーナリングアプリ「muute」って?
「めぐり」を考える企業・サービス・プロダクトと出会う
vol.1
MEGLY編集部
心地よく生きていると実感できる状態は、きっと心も身体もよくめぐっているはず。そして、私たちはさまざまなことをきっかけに「めぐり」の予感と出会っています。『「めぐり」を考える企業・サービス・プロダクトと出会う』は、そんな「めぐり」の予感を感じさせる多様なサービスやプロダクトを世に送る企業とともに、「よりよいめぐり」について考える連載シリーズ。初回はAIジャーナリングアプリ「muute」のプロダクトデザイナーであるミッドナイトブレックファスト株式会社の岡橋惇さんに登場いただきます。
ジャーナリングは、その日そのときの感情をただ書き出すだけというシンプルな手法でありながら、「書く瞑想」とも呼ばれるほどの効果があるそう。書いたことからAIが思考と感情を分析する「フィードバック」や、自分の気持ちが見つかる質問に沿って書ける「ガイドジャーナリング」などの機能を通して自分らしさを見つめるサポートを行う「muute」は、どんな経緯で生まれたのでしょうか。そして、自己との向き合いは、よりよいめぐりのためにどのように大切なのでしょうか。「MEGLY」のブランド・商品の企画開発をしているMTG社の与田さん、山崎さんも聞き手に加わりながらお話を伺いました。
「自分らしく生きたいけれど、自分がよくわからない」と思っている方がたくさんいた
ーまずは「muute」というサービスについてお伺いさせてください。どのようなところから発想を得たのでしょうか?
岡橋:Z世代と呼ばれる10〜20代に対する新しいサービスを考え始めたときに、高校生から社会人まで40名くらいの方々に話を聞きに行って、2、3時間一緒に過ごしながらリサーチを行いました。そこで見えてきたのは、「自分らしく生きたいけれど、自分がよくわからない」と思っている方がたくさんいるということ。その周辺を調べていくと、いくつかのサブ課題のようなものが見えてきたんです。
ーどんな課題が見えてきたのでしょうか?
岡橋:今の時代、SNSを通じてコミュニケーションを取ることは当たり前だけど、同時にSNS疲れ/離れも起こっていますよね。その原因には「自由に発信できるはずなのに、他人の目が気になってしまう」と感じてしまうことが挙げられることがわかりました。また、若い世代の方々はとくに、本アカウント、裏アカウント、趣味アカウント……と、複数のアカウントを持つ傾向があります。いろんな顔を使い分ける一方で、いざ自分自身に目を向けると「本当の私はどんな人なんだっけ?」「私って何がしたいんだっけ?」とポッカリと空洞があるような気がしてしまう。僕たちはこれを「自己の空洞化」と呼んでいます。
こうした課題がわかってきた頃にコロナ禍が到来し、メンタルヘルスの問題がこれまでより顕著になってきました。メンタルヘルスへのアプローチと、自分を知ることを掛け合わせたサービスとして生まれたのが「muute」です。
ー「muute」をリリースされたとき、ターゲットの方はどんなふうに受け止めてくれるだろうと予想していましたか?
岡橋:正直、リリースするまでこのサービスがどこまで世の中に受け入れられるのかわからなかったんです。SNS全盛時代で「ネットって、人と繋がるためにあるものでしょ?」という価値観が根付いているのに、誰とも繋がらないアプリを出して大丈夫かな……と。でも、リリース直後からSNSで話題になり、アプリランキングで上位をとるという結果にも反映されたので、とても嬉しかったですし、ちゃんとニーズがあったのだと実感できました。
ーユーザーからの反応はいかがでしたか?
岡橋:僕たちが提供したい「知らない自分を知る」「自分をよりよく知る」という価値をダイレクトに感じていただいている人もいれば、普通の日記として使っている人、あとは愚痴を吐き出すためのツールとして考えている人もいて、いろんな使い方があるんだなというのを知りましたね。
一番驚いたのは、SNSで自分の分析結果をシェアする人が意外と多かったことです。「muute」はとてもパーソナルなことを書くアプリなので、あまり拡散されないだろうと思ってたんですよね。でも、占いの診断結果をシェアするように「こんな分析結果だったよ」とSNSに投稿されていた。そこに、人間の根源的な欲求のようなものを感じて。全部は見られたくないけど、AIの分析フィルターがかかった自分は見てほしいという、開示するところと閉じるところを分けているバランスが、現代っぽくて面白いなと感じました。
AIは機械だけど、友達から手紙が来たときのような温かみを感じられるようにしたかった
与田:「muute」ではAIがさまざまな質問を投げかけるガイドジャーナリングを通して自己と向き合うきっかけを提供してくれます。その点で大切にしていることはありますか?
岡橋:そもそもジャーナリングというもの自体、日本ではあまり知られていないんです。その日の出来事を日記に書くことはあるだろうけど、感情を言語化することには慣れていない人が多い。そのハードルを下げるためにも、ガイドジャーナリングを採用しました。いきなり何を書いたらいいかわからない人に対して、こちら側から声かけすることで少しでも書きやすくできないかなと。
山崎:フィードバックでいうと、人力でやる方法もあったかと思うのですが、AIにしたのはなぜですか? それにフィードバックをしないという選択肢もあったのかなと。
岡橋:実は、テスト的に十数名の人に使用してもらっていたアプリの初期開発段階では、僕が人力でフィードバックを書いてました。書いたことに対してコメントがくる、という体験の検証のためにやっていたのですが、当時はAI機能を実装していなかったので。
フィードバックしないという選択ももちろんあったんですけど、されることでより自己理解が進んだり、より続けたくなるという効果があることがわかったので、もっと多くの人に使ってもらうためにもAIで自動化する形で採用することになりました。また、AIは機械だけど、友達から手紙が来たときのような温かみを感じられるようにしたかったんです。インスピレーションを受けたのは、映画の『her/世界でひとつの彼女』。近未来、AIのパートナーと会話しながら生活する様子を描いた作品で、作中のAIの振る舞いを参考にしています。
過去と今の考え方の違いや成長した実感など、小さな変化は書かないと気付けない
ー「muute」をつくる際にジャーナリングという手法を採用されたのは、岡橋さん個人の体験も背景にあるそうですね。先ほど、「ジャーナリングは日本では知られていない」というお話もありましたが、ジャーナリングを知ったきっかけを教えてください。
岡橋:数年前、ビジネス系のワークショップに通っていたときに、課題として出されたのがジャーナリングだったんです。課題といっても必ずこのテーマで書くようにということはなく、好きなことを書いてよかったんですよ。だから、自然について書く人もいれば、家族のことを書く人もいる。僕は自分の至らなさや、子どものことばかり書いてましたね。
書いて気づくこともあるし、内容をみんなでシェアしてフィードバックし合うとさらに新しい発見があって、すごく面白かったんです。そこから毎日ではないけど、自分ひとりでもジャーナリングするようになりました。
ージャーナリングを続けることで、ご自身の認識や心のあり方に変化はありましたか?
岡橋:言語化することで、自分の形のない想いをアウトプットすることができますし、客観的に今の自分の状態を認識できるようになりました。悩み事も、俯瞰して見たらそんなに悩まなくてもいいのかな? と思えて、モヤモヤを言葉にすることで折り合いをつける効果があるのかなと思っています。
与田:私も「muute」に出会って、ようやく自分が何に対してモヤモヤしているのか言語化できるようになりました。頭の中だけで考え込んでしまっていたゆえに見えなかったものが、ちゃんと見えてくるというか。
SNSでネガティブな内容ばかりつぶやくことには抵抗感があるけど、「muute」の中ではできるんですよね。このとき落ち込んでたんだな、とあとから振り返ることもできるし、続けていると「こうしたら復活する可能性が高い」という傾向も見えてきたので、いつもよりポジティブになれる感覚がありました。
岡橋:日々忙しく暮らしていると、昨日のご飯のことすら思い出せないくらい日々のことを忘れていってしまうと思うんです。でも、書いて形を残せば過去を振り返れるのがいいですよね。「3ヶ月前の自分はこんなことを考えてたんだ」とか、過去と今の考え方の違いや成長した実感など、小さな変化は書かないと気付けない。自分の思考の癖や傾向を認識する効果はありますよね。
ー岡橋さんはウィークリーニュースレター「Lobsterr(ロブスター)」のメンバーとしてコラムを執筆したり、世界中のメディアの記事を紹介したりしていらっしゃいます。書くことはもちろん、読むこともご自身にとってなにかセラピーになる感覚はありますか?
岡橋:セラピーと言われればセラピーかもしれません。紙の本を読むことはそれ自体がデジタルデトックスになりますし、ニュース記事なんかは新しい視点を得ることや世界への眼差しを獲得することにも繋がると思います。
ー大のニュースレター好きということで、お気に入りの読みものが掲載されたニュースレターやウェブサイトがあれば教えてください。
岡橋:最近のお気に入りは「Atmos」です。これは環境やカルチャーについて探求しているメディアなのですが、自分と地球、そして社会の関係性を考える中で、よりよく生きようと思わせてくれるような面白い記事がたくさんあって。あとは、アメリカのロックバンド、Talking Headsとしても活動してきたデヴィッド・バーンが主宰するメディア「reasons to be cheerful」にもよく目を通しています。世界中のポジティブなニュースを集めているメディアで、読むだけでハッピーになれます(笑)。
「自分の機嫌は自分で取りましょう」はもちろんいいことでもあるけど、辛くなってしまう人もいる
ーここからは、「めぐり」についても考えていきたいと思います。岡橋さんは「自分の心や身体がよくめぐっているな」と思う瞬間はありますか?
岡橋:単純に、自分の心や身体の体調がいいときはめぐってるなと思うけれど、自分だけではなく他者と繋がれている瞬間は、もっと心地よく感じている気がします。「Atmos」の記事を読んだときなんかは顕著で、地球に住む人間としてこういうマインドセットを持った方がいいんだな……と、何か自分より大きいものと接続できたような感覚を得られたときはめぐりを実感しますね。
自分の心の調子を整えるためにセルフケアは大事だと思うのですが、「セルフケア」という言葉の「セルフ」という部分だけにこだわりすぎると、自分だけ心地よければいいだとか、個人に責任を負わせる側面もあるかなと感じていて。「自分の機嫌は自分で取りましょう」って、もちろんいいことでもあるけど、辛くなってしまう人もいるんじゃないでしょうか。なので、自分以外の他者や世界といかに繋がりをつくっていけるかが重要なテーマだと最近はよく考えています。もっと他のものに頼ってもいいし、そういうご機嫌の取り方があってもいいと思うんです。
与田:セルフケアは自己と精神的に向き合う行為も含むと思うのですが、その必要性について一切考えたことがなかったり、抵抗感を覚えたりする人もいるのかなと。
岡橋:たしかに、自分自身をケアすることって、実際に体験してもらわないと価値を感じられないものでもありますよね。理想は自分でやりたいと思って行動して価値を感じることだけど、すべての人がやりたいと思わないので難しいところです。「muute」でも価値を感じられやすいように、より心地よく、より使いやすくしていきたいと考えていますが、その反面、やりすぎると中毒性がでてしまう。SNSに代表されるように、中毒性のあるサービスには負の側面もあるので、うまくユーザーの受動性と能動性のバランスを模索していきたいです。
言葉を与えることで初めて認識できる感情はあると思う
ー「muute」を利用していると、感情やモヤモヤがだんだんはっきりするとともに、曖昧さを曖昧なまま残しておける感覚もありました。必ずしも白黒つけられない個人的な感情を肯定することは、どのように大切だと考えていますか?
岡橋:感情って、そもそも曖昧で有機的なものなんだと思います。アプリのUI上でも、有機的な表現として、感情を選択するボタンの丸は完璧な丸ではなくふわふわした形をしています。
曖昧とはいえ、言葉を与えることで初めて認識できる感情ってあると思うんです。言語化することで感情を認識して向き合うことができるし、その感情を捨てるか受け入れるかの意思決定もできるようになる。曖昧さを受け入れたり、一旦言葉にしてみたり、具体と抽象とを行き来することの両方が大事なんですよね。
山崎:「muute」のようなサービスをきっかけに自分を知っていくことによって、一人ひとりや社会はどんなふうに変わっていくと思いますか?
岡橋:自分を知っていくことで「自分らしさ」の解像度が上がって、結果的に今よりも生きやすくなるんじゃないかと思います。自分らしさが大切な価値観とされる時代で、それがわかっている状態のほうがいい、というのもありますが、自分を知り、自分の思いや考えを言葉にすることがうまくなることで他者との関係もよくなっていく気がします。
現在、学生の自己理解力の促進やメンタルヘルス向上を目的として、中学・高校との共同プロジェクト「muute for school」を行っているのですが、その実証実験でも先生が「生徒間の会話の質が高まった」とおっしゃっていました。現状は自分ひとりで利用するアプリにはなっていますが、いずれは「muute」らしい形で、他者との繋がりやその「気配」を感じられるようにできたらと考えています。他者を知ることは自分を知ることにも繋がると思うので、そこまで領域を広げていけたらなと。
社会がどうなるかで言うと、僕たちが目指す「自分らしさが受け入れられる社会」になったらいいなと思いますが、今の「muute」が担っている役割は「気づきを与える」ことなので、こう変わっていくべき、とはなるべく言いたくない気持ちもありますね。
与田:ユーザーとして「muute」を使うときは、ネガティブな感情を少なくしていくことが正解だと思ってたんですけど、そうした感情も受け入れていいんだと思えました。MEGLYでは、「自分の悪い状態を受け入れることも大切だ」というメッセージを発信していきたいと考えています。たとえばお肌の状態が悪くても、今はこういうものだと感じてもらえるコミュニケーションができたら、「美しく」あること、健康であることを目指してきた美容やヘルスケアの領域をもっと広げられるんじゃないかなって。そこは、「muute」とも共通する部分もありそうだと感じました。
岡橋:心や身体をよりよい状態にしたいというのは、僕たちも根本的な部分として持っています。マイナスを0にするよりも、通常の状態をよくしていきたいなと。でも、それはずっとポジティブでいよう! ということではないんです。「ちょっと気持ちが落ちちゃったな」と思っても、今はそういう時期だとわかっていれば落ち着いて対処できたり、受け入れることに繋がっていきます。
「最近調子悪いね」じゃなく、「それが私の状態なんだな」って、自然体のありのままの自分を受け入れることができたらいいですよね。そうした社会になったらみんな生きやすいんじゃないでしょうか。ひとつの物差しですべてがジャッジされるんじゃなく、いろんな物差しがあってもいいはずなので。
取材・文:石澤萌(sou)
メインビジュアル:ケント・マエダヴィッチ
編集:竹中万季(me and you)