竹田ダニエルにZ世代の視点から聞く。SNSとセルフケアの関係性
「情報」とどう付き合っていく?
vol.1
自分の心を守りながら情報と付き合うにはどうしたらいい?
情報収集や、コミュニケーションの手段として、SNSは私たちの日常に欠かせない存在となっています。一方で、日々タイムラインに流れてくる玉石混交の膨大な情報や、SNS上でのやりとりに疲弊してしまうことも。長時間のSNSの利用によるメンタルヘルスへの影響も示唆される中で、ヘルシーに情報と向き合うためには、どのような姿勢でいれば良いのでしょうか。
今回お話を伺ったのは、アメリカのZ世代の現状について、音楽をはじめとするカルチャーの動向とともに発信しているライターの竹田ダニエルさん。物心ついた頃からSNSやスマートフォンが身近な環境にあり、メンタルヘルスの問題がとりわけ顕在化していると言われているZ世代の情報との付き合い方や、自分自身、そして社会と向き合うために必要なセルフケアのあり方についてお話しいただきました。
自分にとって大切な情報を取捨選択するためには、まずは自分が社会とどんなふうに向き合いたいか考えること
─Z世代とは、一般的には1990年代半ばから2010年代初頭までに生まれた世代のことを指しますが、竹田さんはZ世代について「生まれた年月で区切られるものではなく、『価値観』で形成される『選択可能』なもの」であり「Z世代的価値観の代表的なものは、『多様性と変化を積極的に受け入れる』こと」(TOKION連載「Z世代的価値観」とは何か? Vol.1 4つのトピックスから見る新たな事象)と定義されていますね。Z世代的な価値観が形成されるうえで、SNSの存在は切り離せないと思うのですが、Z世代はさまざまな情報とどのように接しているか、竹田さんの視点から伺えたらと思っていて。
竹田:英語圏の若者は、自分の意思を主張することを子どもの頃から教えられている人が多いので、意見を述べるためにSNSを使っているようなところがあるんです。逆に日本では、個人のオピニオンの価値が低く見られていて、絶対的に正しい情報でない限り、発言する意味がないと思われているような感覚がありますよね。それもあって、ディスカッションをするベースがそもそもないと思うんです。文化的な違いなので、どちらが正しいということではないけれど、情報との接し方のコンテクストが、アメリカと日本のZ世代を考えるときに違っていると感じます。
─日本では著名人が政治にかんすることをTwitterで発言すると、内容を議論する以前に、政治について発言したこと自体が炎上してしまったりして。そういう状況の中では、自らオピニオンを発信して議論することのハードルが高いと感じます。そして議論する主体になるかどうかということの前に、日々晒されている多くの情報をどのように受け止めたらいいのか戸惑いを持っている人のほうが多いかもしれません。
竹田:自分にとって大切な情報を取捨選択するために、どんな種を撒くべきかというと、まずは自分が社会とどんなふうに向き合いたいかを考えなければならないですよね。「ネガティブな話は楽しくないから聞きたくない」「ニュースや選挙はどうでもいい」と考える人の態度がどういうところから来ているか考えてみると、自分のアクションが自分に返ってきているという実感がないか、あるいは実感を無視したり、認めないでいたりするからだと思うんです。
自分が社会の中でどのような状況に置かれていて、自分の苦しみが本質的にどんなところからきているのか。自分の生活をより良くするためには、社会の中で何を変えなければならないのか。まずはそうやって自分の価値観を見つめるところからスタートしないと、その瞬間に気持ち良いと思うものに流されて、最終的にそれが誰かを踏みにじったり、抑圧するような考え方に繋がったりするかもしれません。以前、「弱者であることを認識したくないから強者に擦り寄ってしまう」という内容のツイートを見かけたのですが、流されることが必ずしも悪いわけではないと思うけれど、本質的には何も解決しないとも感じるんです。情報と向き合うためには社会と向き合わなければいけないし、社会と向き合うためには自分と向き合わなければいけないと思うんです。
メンタルヘルスとSNSの関係性。自分の心を守りつつ、必要な情報を受け取るには?
─自分の足元を見つめ直し、視野を狭めないためにも、自分にとって都合の良い情報だけを見るのではなく、正しい知識や正確な情報を得ることが大切だと思うのですが、多くの情報に触れていると辛い気持ちになることもあります。自分の心を守りつつ、良質な情報を手に入れるためには、どうすれば良いと考えますか?
竹田:まず、そもそもメディア側が、PV数を稼ぐための手法として、読者の精神的健康を二の次にして焦燥感を煽るような記事や広告を出すことにかんする議論が、まだあまり行われていないですよね。ニュースを見ようとしているのに、「脂肪が1日で8キロもごっそり出ました」とか「このお茶を飲めばぽっこりお腹がへこむ」みたいな広告が出てきてしまう。私は『Teen Vogue』を良いと思っていて、それはもともとファッションやセレブゴシップが中心だったけれど、いまは政治やアイデンティティやセクシュアリティやジェンダーなど、社会問題に対してすごくラディカルなスタンスを取っているからです。ティーンエイジャー向けの媒体ですが、子ども騙しじゃなく、大人が見ても大事な情報が、良いジャーナリストによって書かれていて。
─大切な指摘だと思います。メンタルヘルスとSNSとの関わりという面では、竹田さんから見てどんな状況が観測されていますか?
竹田:環境問題や政治にかんする暗いニュースが常にタイムラインで流れていることによって不安にかられる人も多いですし、不安感からさらにスマートフォンをスクロールしてインターネット上で新たなネガティブな情報を見続けることで安心しようとする「ドゥームスクローリング」という言葉も、2020年のアメリカの大統領選挙やコロナ禍の中で広まっていて。夜遅くなると「スマートフォンを見ていないで早く寝た方がいいですよ」と教えてくれるドゥームスクローリング防止アカウントも登場しています。選挙中などは特に、ネガティブなニュースがたくさんある中で、完全に目をつぶるわけじゃなく、必要な情報は受け取りつつも、自分が大丈夫な範囲をきちんと線引きしたり、不安に駆られていることに対してマインドフル(いま起こっていることに意識や注意を向けること)になろうと啓発したりするインスタのアカウントなどが見受けられました。
そういった行動がエクストリームになっていくと「セルフケアとしてネガティブなことを考えないようにしよう」とか、「だめな癖を今すぐやめよう」みたいな方向になっていくと思うんですけど、常にポジティブであることを過度に求め、ネガティブな感情を否定したり矮小化したりすることを「トキシックポジティビティ」(有害なポジティブさ)と呼ばれています。メンタルヘルスの専門的な知識に頼らず、意志の問題でなんとかしようとすることをセルフケアと呼ぶ考え方は、本質的ではないですよね。
専門的な知見がシェアされることや、広い範囲から自分で情報を取捨選択できる環境がもたらすもの
竹田:アメリカでは最近、セラピストが話すようなメンタルヘルスの専門用語を会話の中で使う、「セラピースピーク」というのが若者の間で一般的になってきていたり、TikTokにセラピストの人のアカウントがあって、何十万人もフォロワーがついていたりするんです。
─SNSや日常会話の中で、メンタルヘルスにかんする専門的な用語や知識をやりとりすることが特別なことではなくなってきている傾向にあるんですか?
竹田:対比としてわかりやすいのはTumblrです。2013年頃のTumblrでは、煙草やドラッグ、摂食障害や鬱や自傷行為など、傷や痛みがどこかクールなものとして扱われている傾向にあって。ファッション業界でもヘロインシック(痩せた体つきで顔色が青白い雰囲気)なスタイルのような、健康的とはほど遠い美的世界観が流行っていた。そうしたTumblrの一部で流行していた事象の反省を踏まえて、メンタルヘルスの問題を美化してはいけないと、きちんと社会の中で議論されるようになったんですよね。
セラピースピークには、専門的な知見を通して、感情という複雑なものを知ることができたり、不安の多い社会において、気持ちをコントロールしたりする効果があると思っていて。著名人がSNSでオープンに自分の精神的な状態について書いたり、大坂なおみさんのように精神的な状況を考慮して試合を棄権したりするようなことが、「甘え」などではなく、身体的な不調と同じくらい大切なことであるという認識も、一般的になってきました。社会全体でメンタルヘルスにかんするスティグマが減ったのも、メンタルヘルスという言葉が一般化することによって、たくさんの人たちがそうした症状を抱えていて、決しておかしなことではないとわかってきたからですよね。感情は言葉がないと説明できないものだと思うので、歌詞に共感したり、映画の台詞によって解像度が上がったり、新しい言葉を知ることによって自分の気持ちを整理することって、人間にとってすごく大事なことだと感じます。
─専門的な知見がきちんとシェアされるようになったことによって、救われた人もたくさんいるでしょうね。
竹田:昔だったら身の回りの大人や同級生のような、身近な人たちからしか情報を得ることができなかったけれど、いまはもっと広い範囲から自分で情報を取捨選択できる環境にあると思います。もしも社会に適応できないとしても、さまざまな情報に触れ、例えば差別や抑圧の歴史、または政治や社会の構造について知ったり、自分と近しい理由で問題を抱えている人の言葉を通して自分と向き合うことで、個人に責任があるわけじゃなくて、社会の理不尽なルールに理由があると知ることができるし、他の人に助けを求めることもできる。それができるというのも一種のスキルかもしれないけれど、いろいろな意見を得ることができるようになったぶん、自分の選択肢をより自由にキュレートできるようになっていると思うんですよね。住んでいる地域から離れることができなくても、思考までは縛られる必要はないと感じます。
未来に変化を起こすために、自分の意見を持つことや、情報を発信することは、すごく大事な貢献
─思考を縛られずにいるための心の持ち方として、どんなふうにいたらいいと思いますか?
竹田:日本社会で意義を申し立てると、笑われたり、無視されたりすることもあると思います。でもインターネットを見たら、自分と同じ経験をしている人っていっぱいいるんです。だから、自分の違和感や知りたいこと、見たい景色や理想の社会のヒントや答えはきっと必ずネットのどこかにあると思う。
未来に変化を起こすために、自分の意見を持つことや、情報を発信することは、すごく大事な貢献だと思います。アメリカはZ世代が一番人口の多い層だけど、日本は少子化によって若い人たちの数が少なくなっていて、そのうえ年功序列の考え方があるから「大人に気に入られるためにこういうことを言おう」とか「こういうことを言ったら嫌われる」と考える人も多いと思うんです。だけどSNSは、弱い立場にあっても同じ意見を持った人たちが社会を良くするために団結しようとするときに使えるツールですし、「いいね数」などで視覚的に自分と同じ意見の人がこれだけいるとわかることは、若い人たちにとって勇気になります。
アルゴリズムが張り巡らされた社会において、極度に不安を煽る情報や自分が心地良いと思う情報ばかりが流れてくる仕組みになってはいるけれど、変化を起こし、変わりたいという意思があるのであれば、精神的にも物理的にも「コンフォートゾーン」と呼ばれるところから出なければいけないと思うんです。みんなと一緒であることが求められる日本社会においてそういう行動をとるのはすごく難しいかもしれないけれど、コンフォートゾーンを出ることこそが逆にセルフケアと言えるかもしれません。
─その考え方、とても興味深いです。
竹田:「comfort zone diagram」で検索すると、参考になる図がたくさん出てきますが、自分にとってのコンフォートゾーンを出ると、まずは「恐怖のゾーン」(Fear Zone)に至るんですよね。
─現状の心地良い場所を抜け出して、新しい環境に飛び込んだり、新たな知識を得たりしたときに怖いと感じる感覚はとてもよくわかります。
竹田:恐怖のゾーンの段階では、自信がなかったり、言い訳を探したり、人の意見に左右されてしまうんです。それを超えると学びのゾーンに入って、問題やチャレンジと向き合い、新しいスキルを得ることによってコンフォートゾーンをさらに広げられる。最終的に成長のゾーンに至ると、自分の人生の意味のようなパーパスを見つけ、自分にとってのゴールを設定し、いままで目標としていたものを実現化する。コンフォートゾーンから「成長ゾーン」(Growth Zone)にいくためには、学びとともにセルフケアが必要で、セルフケアというのはいまの自分に満足するためじゃなく、進化に伴い必要とされるものだと思うんです。
─その場に止まって傷を癒すものでなく、前に進むための能動的なものとしてセルフケアをとらえるのは、すごく新鮮だなと思いました。
竹田:セルフケアの概念自体、そもそもブラックパンサー(ブラックパンサー党。1966年に結成され、1970年代にかけてアフリカ系アメリカ人のコミュニティーを人種差別や暴力から守るために活動した黒人解放闘争のための自衛組織)が形成したものだと言われていて、白人中心社会に対抗するアクティビストたちが、社会の問題と向き合って戦っていくために、自分を大切にすることの必要性を広めたんですよね。
だからセルフケアは、ルーツとしては社会の基盤に反抗することと切り離せないところがあって。「社会はひどいけど、嫌な部分は見ないようにして、自分だけを大切にして幸せだったらいいよね」みたいな文脈でもセルフケアは使われてしまっていますけど、本来はそうやって小さく収まるためのものじゃないと思うんです。日本では、ひとたび電車に乗ったら「脱毛しろ、でも頭の毛は生やせ」「痩せていないと価値がない」「こういう服を着てないといけない」などの広告が出ていて、「あなたには価値がありません」と常に言われているような社会だと感じます。そういう社会においてセルフケアやセルフラブはすごく難しいことだけど、現行の体制に対する、ある意味すごくラディカルな行為だと思います。
インタビュー/テキスト:松井友里
写真:中山京汰郎
編集:野村由芽(me and you)
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