目の下のクマこそが本体!? 顔色に悩むフリーライターによる、メンズメイクのモヤモヤ
40代のフリーライター・宮崎智之の「メンズメイクまでの道」
vol.1
「男性はこうあるべき」「女性はこうあるべき」といったジェンダー観の変化や、K-POPをはじめとした男性アイドルの活躍、職場でのジェンダーバランスの移り変わり、リモートワークの増加……。そういったさまざまな背景を踏まえて、メンズメイクの市場は年々拡大しています。
しかし、「化粧・美容は女性のもの」といった価値観が根強かった時代に青春期を過ごした人たちのなかには、興味はあっても「男性がメイクをする」ことへの抵抗感が拭えない男性もいるのではないでしょうか。フリーライターの宮崎智之さんもその一人。「目の下のクマこそが僕の本体だった」と、コンプレックスを抱えながら人生を過ごして41年。「今こそそのとき」と、昔からメンズメイクに興味を持ちながらも、踏み出しきれなかったその一歩を歩み始める連載が始まることになりました。宮崎さんはメンズメイクを取り入れることができるのか。初回は、宮崎さんが長年抱えてきたメンズメイクのモヤモヤについてのコラムをお届けします。
昔から思っていた疑問。「なぜ、男性はメイクをしないのだろう」
小学生の頃、土煙が立ち上る学校の校庭で、友達の男子がリップクリームを塗っていた。そのとき、僕は強い違和感を覚えた。リップクリームの形状が口紅に似ていて、女性が使うものという先入観があったのだろう。1980年代後半〜1990年代前半のことである。今となっては男性がリップクリームを利用するのは当たり前で、男性用のリップクリームはコンビニなどで簡単に手に入る。
リップクリームに先入観を持ちつつも、僕はあることを昔から思っていた。「なぜ、男性はメイクをしないのだろう」と。というのも、僕は目の下のクマが濃く、ずっとそれにコンプレックスを抱いていたのだ。生活が乱れ始めた大人になってからクマが目立つようになったのではなく、小学生の頃の写真を確認してみても、それは目の下にきちんとある。若い人にはわからないかもしれないが、高橋留美子の漫画『らんま1/2』(小学館)に出てくるキャラクター・五寸釘光に似ていると言われたこともある。寝不足だとクマが濃くなるが、熟睡したからといって決して薄くなることはない。
大人になって、皮膚科に行った折に先生に訊いてみたことがある。「このクマは、どうにかならないのですか」。先生いわく鼻筋や目にかけての骨格が影響しており、皮膚科ではどうにもこうにも解決できないとのことだった。顔色が悪いという理由で、職務質問された経験のある人は少ないと思う。僕にはある。メディアから取材を受けたときに、カメラマンさんがあまりにも顔色が悪いのを気にしてくれて、「修正して、クマを取っておきますね」と言ってくれた。なんとうれしいことだろう。しかし、修正技術でクマをとった結果、僕だと判別できないという理由でボツになった。
そのとき、僕は思った。僕にクマがあるのではない。クマこそが僕の本体だったのだ、と。僕が消えてもクマだけ残る。クマだけ宙に浮いて歩いていても、僕だと判別できる人は多いのではないか。
「目の下のクマも個性のひとつだし」と無理やりに自分を納得させていた
そんなふうに、僕の人生には、ずっと目の下のクマの問題がつきまとっている。だから小学生の頃から、女性のようにメイクをして、目の下のクマを隠したいと思い続けてきた。もちろん、自分なりに努力はしてきた。化粧水を塗ってみたり、クリームで保湿したり。ところが、元来の面倒くさがりの僕は、この基本的なスキンケアの習慣すら継続することができていない。生気のないくすんだ顔色を改善するため、日焼けにも挑戦してみたのだが、僕は日焼けすると肌が真っ赤に腫れる体質なのである。
ついでに言うと、日焼け止めを塗ると若干、顔色がよく見えるものの、日焼け止めの何かの成分が肌に合わないのだろう、使うと肌荒れしてしまう。日焼けにも、日焼け止めにも弱いなんて、いったい僕はどんな業を背負って生まれてきてしまったのか(なぜか赤ちゃん用だと肌荒れしない)。30代中盤頃からは、もうなかば諦めて、「目の下のクマも個性のひとつだし」と無理やりに自分に納得させていた。
ところが、40歳を手前にした2020年から事態は急変した。新型コロナウィルスの感染拡大により、ノートパソコンを使い、リモートで打ち合わせや取材をすることが増えたのだ。こんなにも自分の顔をまじまじと、自分で眺める経験は初めてだった。画面に映し出された僕の顔は、相変わらずクマがあり、というかクマがあって周りを僕の輪郭が囲んでいるようだった。なんとかならないのかと思い、顔が明るく映るフィルター機能を試してみたほか、わざわざ机の上に設置するライトまで注文してみた。明るく照らしすぎて、もう僕が消えてしまいそうである。やはりクマが本体なのだ。
メイクの知識がまったくない。自意識から抜け出せていない。そんな41歳は無事にメンズメイクデビューできるか
一方、世の中に変化の兆しが現れていた。男性の美容意識が高まり、メンズメイクが若い人を中心に流行っているというのだ。確かに、ドラッグストアなどに行くと、男性用メイクのコーナーが目立つようになった。素晴らしいことである。時代は変わったのだ。僕は子どもの頃からずっと自分の顔色を改善するためにメイクをしたかったのである。ニキビができやすかった思春期にも、ニキビを隠すためにメイクしたいなと悩んでいたことも思い出した。時代が僕に追いついたのである。
これまで散々、不摂生な生活をしてきた。ケアが必要だ。しかし、他者にケアを求める前に、まずは自分でできることがあるのではないかとも思う。心身のセルフケアとしてのメンズメイクに、ますます興味がわいてきた。
そして2023年春、僕はまだメンズメイクに挑戦していない。なんでなのか。第一に、まずもってまったく知識がないのである。コンシーラーってなに? というレベルの僕は、なにからどう手を出していいのかわからない。化粧水を塗るといった基本的な肌の手入れすら習慣化されていないのに、メイクなんて続けられるのだろうかという思いもある。さらに、大きいのは自意識の問題である。
かつてリップクリームに先入観を抱いていたときと同じように、「男性である僕がメイクをしたらどう思われるだろう」と、ついつい考えてしまう。いや、今は時代が変わり、男性もメイクする人が増えている、といったことは知識ではわかっているし、実際、男性がメイクしていても僕自身は驚かない。むしろ素敵だな、真似してみたいなと思うだろう。だが、メイクが流行っているといっても、若い人だけの文化であり、41歳がメイクをしているなんて、変に思われてしまうかもしれない。そんな先入観から抜け出せず、モヤモヤしていたら今回の連載依頼があった。
これを機に、僕は変われるのだろうか。僕の本体を、クマから奪い返すことができるのだろうか。妻が韓国や日本のボーイズグループにハマっていて、その麗しい姿をテレビやインターネットで見るたびに、カッコいいなあと思っている。しかし、僕がしたいメイクは、ああいったステージ向けのものではなく、あくまでナチュラルな、それとない清潔感を演出するタイプなのだと感じている。
ますます混迷を深めていく、メンズメイクのモヤモヤ。41歳男のクマが本体であるフリーライターことわたくし宮崎智之は、無事にメイクデビューできるのか、続報をお待ちいただきたい。
テキスト:宮崎智之
イラスト:三好愛
写真:まえとあと、Katsumi Hirabayashi
編集:野村由芽(me and you)
プロフィール
宮崎智之(みやざき・ともゆき)
1982年、東京都出身。地域紙記者として勤務後、編集プロダクションを経てフリーライターに。新刊に『モヤモヤの日々』(晶文社)、山本ぽてととの共著『言葉だけの地図 〜本屋への道のりエッセイ』(双子のライオン堂出版部)、既刊に『平熱のまま、この世界に熱狂したい』(幻冬舎)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)、『中原中也名詩選』(田畑書店)など。主な寄稿先に『文學界』、『週刊読書人』など。犬が大好き。
Twitter:https://twitter.com/miyazakid