気候変動に本気で取り組むAllbirdsに学ぶ、企業がサステナブルに取り組むコツ
「めぐり」を考える企業・サービス・プロダクトと出会う
vol.2
心地よく生きていると実感できる状態は、きっと心も身体もよくめぐっているはず。『「めぐり」を考える企業・サービス・プロダクトと出会う』は、「めぐり」の予感を感じさせる多様なサービスやプロダクトを世に送る企業とともに、「よりよいめぐり」について考える連載シリーズ。
世界中がSDGs(持続可能な開発目標)の達成を目指す今、「サステナブル」「エシカル」といった言葉をよく耳にするようになりました。普段の生活でも、気候変動対策や環境配慮を意識する人が増える中、多くの企業がサステナブルな取り組みや商品の開発に乗り出しています。しかし、中には「グリーンウォッシュ(見せかけの環境配慮)」になってしまっているケースも……。
そこで第二回目は、世界で初めて全製品にカーボンフットプリント表示を行うなど情報の透明性を意識し、快適でサステナブルなものづくりで世界を牽引するシューズブランドAllbirds(オールバーズ)の蓑輪光浩さんを訪ねました。
「ビジネスの力で気候変動を逆転させる」というミッションを掲げ、2016年に設立されたAllbirdsは、現在、世界に35店舗、日本国内では3店舗を展開。「世界で最も快適」と評されるシューズは、ウールをはじめ、ユーカリやサトウキビといった植物由来素材が使われています。
Allbirdsの愛用者でもあり、「MEGLY」のブランド・商品の企画開発をしている与田とともに、本当のサステナブルを実現するために、企業が、私たち一人ひとりができることについてお話を伺いました。
*2024年6月より、Allbirdsは株式会社ゴールドウイン社と国内独占契約を締結しました。
2030年までに「カーボンフットプリントゼロ」。現状の数値を把握し、社員全員で取り組む
―Allbirdsでは、「ビジネスの力で気候変動を逆転させる」というミッションのもと、2030年までに「カーボンフットプリントゼロ」という目標を表明しています。その経緯についてお聞かせください。
蓑輪:Allbirdsの共同創業者の一人であるジョーイ・ズウィリンジャーは、長年再生可能な資源の研究開発に取り組んできました。ご存知の通り、これまでのファッション業界は、化石燃料由来の素材やエネルギーを多用し続け、決してサステナブルだとは言えませんでした。そこでAllbirdsは、カーボンフットプリントをゼロにすることをビジネス目標に掲げ、持続可能な素材の開発や全商品におけるカーボンフットプリントの表示といった取り組みを続けています。
カーボンフットプリントを明確にする理由としては、ダイエットを考えるとわかりやすいのではないでしょうか。まず、自分の今の体重を知らなければ、何キロの減量が必要なのかがわからない。現状の数値を把握してこそ、ここはもっと頑張って減らせそうだという課題も見えてきます。
与田:数値で具体化することで、会社全体でその目標を共有しやすくなりますね。
蓑輪:そう思います。「2025年までに全製品のカーボンフットプリントを半減」「2030年までに全製品のカーボンフットプリントをほぼ『ゼロ』に減らす」という2つの目標を2021年に掲げてから、みんなの意識も明らかに変わってきました。できるだけタクシーに乗らないとか、海外出張も本当に必要なのか見直すとか、一人ひとりが意識的にカーボンフットプリントを減らす努力をしています。スタッフが休憩中にバックヤードでお菓子を食べるときも過剰に包装されていないものを選んでいて、社内全体にこのムードが共有されているように感じます。小さなことかもしれませんが、こうした積み重ねが大事だということも、ちゃんと数値が証明してくれます。
メリノウール、ユーカリ、サトウキビ……ゼロカーボンを叶える、素材へのこだわり
―Allbirdsでは、カーボンニュートラルを目指す上で、天然素材やリサイクル素材にこだわっていますが、現状使用している素材について教えてください。
蓑輪:やはり製品のメインとなるのが、メリノウールです。今までウールで靴をつくるなんて発想はなく、実現不可能だと思われていましたが、それを達成したのが、ブランドのシグニチャーとも言える「ウールランナー」というシューズです。ウールは通気性や温度機能調整、防臭性にも優れていて、とても優秀な素材。まるで雲の上を歩いているような、軽い履き心地が特徴です。
Allbirdsは、環境負荷が低いウールを使用すること、そしてウールの調達先である農場のカーボン排出量を減らすことにもこだわっています。そこで着目したのが、「再生型農業」です。羊は牧草を食べて植物の成長を促し、土壌にカーボンを貯蔵させます。そこで農場に羊を放牧することで、農薬を減らすと同時に、大気中へのカーボン排出を減らすことができるのです。
与田:すごい! 素材の調達先にまでそのような取り組みがなされているのですね。ほかにはどのような素材を使用されているのでしょうか?
蓑輪:代表的な素材のもう一つが、ユーカリです。ユーカリは成長が早く、持続可能な素材として注目されています。シルクのような肌触りと通気性の良さが魅力で、コットンのような従来の素材と比較して、水の使用量は95%少なく、石油が原料のバージンナイロンと比較してCO2排出量は1/3削減することができます。
また2018年からは靴底をすべてサトウキビ由来の素材に変更しています。これによって靴そのものを軽くすることができ、輸送によるカーボンフットプリントを削減することにもつながっています。
企業が生み出すカーボンフットプリントを計測するツールを開発し、誰もが使えるように
―Allbirdsの全製品にはカーボンフットプリントが表示されていますが、算出の仕組みはどのようにしてできたのでしょうか?
蓑輪:この仕組みができるまでにはかなり苦労がありました。今でこそ製造工場で使用する素材や電力量について開示されるようになっていますが、当時はそうした計測は大変な作業だからと、なかなか対応してもらえなかったんです。そんな中で、第三者機関の協力を借りながらカーボンフットプリントを算出できるライフサイクルアセスメント(LCAツール)を開発。計測するのは、工場の現場からオフィスの照明に至るまで、Allbirdsが生み出すすべてのカーボンフットプリントです。素材調達、生産、洗濯、輸送、廃棄の5つの分野で各々計測した結果も公開しています。
また、2020年から、製造過程におけるカーボンフットプリントを算出し、全製品での表示をスタートしました。ちなみにAllbirdsのシューズ、1足あたりのカーボンフットプリントの平均は7.1kgCO2e。一般的なシューズの平均は約14kgCO2eと言われているので、その少なさがわかっていただけると思います。
与田:独自のカーボンフットプリントの算出ツールや素材をオープンソース化していることに衝撃を受けました。これにはどのような想いや狙いがあるのでしょうか?
蓑輪:SDGsの目標17に「パートナーシップで目標を達成しよう」がありますが、これがとても重要なことだと思っているんです。Allbirdsはとても小さなブランドなので、やはり会社一つでできることには限界がある。そこでビジネスのさまざまな分野で活用いただくというのは、すごく意味のあることだと考えています。例えば、インターネットも、もともとは軍事技術としてつくられたと言われていますが、今や誰もが使うことができるツールで、それによって今の便利な生活があるわけです。サステナビリティの分野も同じようにオープンにしていくことで、世界は変わると思っています。
与田:現状、目標の達成率はどれほどだと言えるのでしょうか?
蓑輪:2022年度時点で達成率は60%を超え、順調に進んでいると言えると思います。再生型農業への取り組みをはじめ、よりサステナブルな素材の調達や開発、パッケージの軽量化など工夫はしているものの、もう少し減らせる部分はあると感じています。
また、カーボンオフセット(自社のCO2排出量に見合ったCO2削減活動に投資することで自社で排出されるCO2を埋め合わせること)も手段として有効だと思うものの、そこに頼るつもりはなく、やはり目指すべきはカーボンニュートラル(CO2の排出量から吸収量と除去量を差し引いた合計をゼロにすること)でありカーボンネガティブ(CO2排出量が森林や植林による吸収量より少ない状態)です。「ゼロ」にするにはあともう一踏ん張り。踏み込んだイノベーションが必要だと感じています。
企業のサステナブルはなぜ難しい? 継続のコツはスモールスタート
―世界中でサステナブルが叫ばれているにも関わらず、未だ靴やアパレル製品では化石燃料ベースの合成素材がメインになっているのでしょうか?
蓑輪:石油系の素材は、耐久性があり、流通が整っていて手に入りやすい。そのため加工がしやすく商品化もしやすいと、非常に優秀です。オリンピックがわかりやすい例ですが、年々アスリートのパフォーマンスはよくなっていますよね。それは身につけるスポーツシューズやTシャツが進化しているということも影響しているはずです。そうした石油系の素材の信頼性もあって、いくらサステナブルだからといって、よくわからない素材に変えるというのはハードルが高い。特に日本の場合は、ユーザーに何かあったら、何か言われたら、と考えるリスクヘッジにも敏感です。となると、まず組織内で理解を得ることすら難しく、製品化へと結びつきづらい現状があるのではないでしょうか。
―サステナブルな取り組みをしたい企業は多いものの、実際は社内で理解が得られないなど、なかなか進まない、うまくいっていないところも多いと聞きます。
蓑輪:ビジネスとサステナブルの両立って、やはりとても難しいことだとは思うんです。ただ、その中でも頑張っている企業は、社長などトップの人の「やる」という意識が強い気がします。ファッション業界でも、紙のレシートを廃止するところが増えてきていますが、これだって最初は必ず反対する人がいたわけです。それでも押し切っていくには、トップが現場を守る必要がある。それから、意義の共有ですよね。何か新しいことを始めたり、組織をつくったりするとき、なぜそれが必要なのか、上からちゃんと説明されないことも多いですが、説明することが大切。社員一ひとり人が自分ごとと捉えられれば、協力する意識も変わってくると思います。みんなで支えてあげる雰囲気をつくることが大事ですよね。
―Allbirdsでは2016年よりB Corp(Bコープ)認証(※)を取得していますが、それにはどのような意図があるのでしょうか?
蓑輪:「私、かっこいいです」と自分で言うよりは、「あなたかっこいいですね」と言われた方が説得力がある。それと一緒で、第三者が数値では評価しにくい環境や社会に対する企業の取り組みを認めてくれているというのは、世の中に本気度を示す上でも重要なことだと考えています。
利潤を追求しすぎずに、コミュニティと従業員と社会のために企業があるべきだというのがB Corpの柱。これはAllbirdsにとってもあるべき企業の姿だと考えています。しかし、B Corpは非常に厳しい審査があり、ガバナンス、従業員、コミュニティ、環境、消費者の5つの分野において得点基準を達成しなければいけません。審査は3年おきにあり、それを乗り越えていくには、従業員一人ひとりの賛同、協力が欠かせません。
※B Corp(Bコープ)認証:環境や社会へのパフォーマンス、透明性、説明責任、持続可能性において優れた会社に与えられる認証制度のこと。
―これからサステナブルであることを目指したいブランドや企業が取り組む最初の一歩はどのようなものがいいでしょうか? また、社内で共感を得ていくためのコツのようなものがあれば知りたいです。
蓑輪:個人的に、大切なのは、スモールスタートだと思っています。小さい成功体験を徐々に大きくして、周りを巻き込んでいくのが良いのではないでしょうか。小さく始めれば、たとえ失敗しても痛手は少ないはず。みんな忙しいですから、あれもこれもやるのは難しい。無理なくできるところから徐々に進めていくことが、最終的に継続へとつながるのではないでしょうか。
真面目なことを真面目にやっても面白くない。ユーモアを忘れずに
―Allbirdsは、とても正直に真摯に、自分たちの現状と、それに対して取り組むべきことを消費者に明示していると感じます。また、ブランドとユーザーの距離を近く設定しているなと感じます。
蓑輪:これは、Allbirdsのソーシャルメディアの担当者に聞いた話なのですが、コミュニケーションをするとき、“友達のお母さん”に話すような口調を心がけているのだそうです。なんとなくわかりますよね。くだけすぎないけれど、親しみがある接し方。それは、店頭でも同様だと感じます。Allbirdsの接客では「いらっしゃいませ」という言葉を使いません。そう言ってしまった時点で、お客様と従業員という枠にはまってしまいますから。最も大切にしているのはどんなときもユーモアを忘れないこと。真面目なことを真面目にやっていても面白くないじゃないですか。
例えば、Allbirdsの取り組みについてデータをびっしり示して、「頑張ってます」と言うよりも、楽しいビジュアルとコピーで伝える方が、よっぽど多くの人に共感を抱いてもらえると思うんです。まさに、丸の内店に飾られている絵は、それを示すもの。お客様との会話のきっかけにもなっています。お客様に対してだけでなく、社内でもそうした意識は浸透していて、何気ない会話から新たなアイデアが生まれたりすることもあります。
―「買い物は投票」という言葉をよく聞きますが、私たち消費者一人ひとりがグリーンウォッシュに惑わされず、サステナブルな社会実現に貢献するためには、どのような意識や心がけが必要でしょうか?
蓑輪:究極を言ってしまえば、みんなが何も買わない、身につけない、仙人のような生活をすれば、サステナブルな社会は実現するのかもしれません。でも、楽しく生活をすることも大切にしたいですよね。特にファッションは、自己表現の一つでもあり、毎日を豊かにしてくれるものでもあります。そうした中で一つ心がけたいのは、何か購入するとき、身につけるときに、少し引いて考えてみること。「これは本当に必要なんだろうか?」「この企業に賛同できるだろうか?」と自分に問いかけるといった、何か一つ指標が持てるといいのではないかなと思います。
当たり前にある自然や便利な暮らしを継いでいくために、自分達の孫に誇れるものをつくろう
―Allbirdsでは、2025年、2030年の目標達成以降も新たなアクションを起こしていくかと思いますが、今後の展望についてもぜひ聞きたいです。
蓑輪:例えば、ナイキで言うなら、エアフォースワン、アディダスならスタンスミス、コンバースならオールスターなど、時代によってアイコニックな靴があると思いますが、僕は、Allbirdsのウールランナーやツリーランナーが、今の時代を代表するような靴になってほしいと思っています。
創業者ともよく話すのが、自分達の孫に誇れるものをつくろうということ。5、6代先を想像するのはなかなか難しいけれど、孫くらいまでだったらリアルな想像ができるじゃないですか。孫のために、今僕らの見ている自然や、当たり前にある便利な暮らし、平和な環境を受け継いでいくために、僕らにどんなことができるか。いろんな社会課題があるけれど、僕らはまず、気候変動を食い止めることを目指して、今後も共感してもらえるような取り組みを続けていきたいと思っています。
与田:今回、蓑輪さんのお話を聞いて、「サステナブル」をすごく堅苦しく考えていたことに気づきました。本当はすごくシンプルで、まずはできることから始めればいいのですよね。
蓑輪:そう思います。例えば、コンビニでコーヒーを買うとき、当たり前にプラスチックの蓋をつけていると思うのですが、オフィスに持って帰って飲むのであれば、あまり必要ないと思いませんか? こうした小さな気づきがすごく大事だと思っていて、見渡してみると、実は、何も考えずに作業的に行っていることはたくさんあります。「この出張は本当に必要か?」「書類はこんなにいるのか?」「こんなに重いデータをメールで送るべきか?」と一つひとつ立ち止まって考えるだけでも、できることが見えてくると思うんです。そういった意味でも、常にユーモアを忘れず、いろんな視点で物事を見られるようにしたいですよね。
取材・文:秦レンナ
写真:飯本貴子
編集:竹中万季(me and you)
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