「SNS疲れ」とどう向き合う?公認心理師・伊藤絵美さんに聞く、情報とストレス
「情報」とどう付き合っていく?
vol.3
情報収集や、コミュニケーションの手段として、SNSは私たちの日常に欠かせない存在となっています。一方で、日々タイムラインに流れてくる玉石混交の膨大な情報や、SNS上でのやりとりに疲弊してしまうことも。長時間のSNSの利用によるメンタルヘルスへの影響も示唆される中で、ヘルシーに情報と向き合うためには、どのような姿勢でいれば良いのでしょうか。
連載「『情報』とどう付き合っていく?」のvol.3でお話をお伺いするのは、公認心理師・臨床心理士の伊藤絵美さん。ストレス心理学をはじめ、「スキーマ療法」「認知行動療法」といった心理療法の専門家であり、「洗足ストレスコーピング・サポートオフィス」所長として、日々、つらさを抱える人のサポートを行なっています。ストレス社会、情報社会、と呼ばれる今の世の中、ストレスからも情報からも一切離れることは不可能です。「SNS疲れ」が取り沙汰される中で、情報と共に気持ちよく生きていくために、私たちは自分の心とどのように向き合っていくのがよいか、アドバイスをいただきました。
どんなにハッピーな情報であったとしても、ストレスは感じている
―世界情勢が不安定な今、できるだけ世の中のことを知っておきたいと思いながらも、つらいニュースや情報に触れていると、気分が落ち込みがちになることがあります。そうした人は最近増えているようにも感じるのですが、伊藤さんは公認心理師・臨床心理士として日々さまざまな方のカウンセリングを行うなかで、情報が人に与える影響をどのように見ていらっしゃいますか?
伊藤:そもそも、情報それ自体がストレスである、ということが前提にあると思います。人間の脳は、入ってくるすべての情報を処理するようにできていて、それはかなりエネルギーを使います。つまり、どんなにハッピーな情報であったとしても、ストレスは感じているんです。その上で、つらい情報がストレスだと感じてしまうのは、それが「自分の尊厳や安全を脅かすもの」だと判断するからだと思います。例えば、連日ウクライナや中東の戦争が報道されていますが、人が人を傷つける場面を目にすれば、脅威を感じます。さらに、人間には共感能力があるので、たとえそれが遠い国のことや他人に起きている出来事であったとしても、同じ人間として自分ごとのように、そのつらさを感じることができます。
―つまり、情報によって心が痛んだり落ち込んだりと影響を受けやすい人は、共感能力が高いともいえるでしょうか。
伊藤:そう思います。特に私たちのところへカウンセリングを受けに来るクライエントは、うつ病などの精神疾患を抱えている方も多いのですが、情報への共感によって、大きな影響を受けることが珍しくありません。例えば、著名人が亡くなると、精神的に不安定になったり、自殺願望が強くなってしまったりしてしまうケース。また、性暴力の情報が入ってくることで、過去のトラウマが引き出され、フラッシュバックが起きてしまう人もいます。
―同じ情報でも、それをつらく感じる人もいれば、そうでない人がいるのは、共感による部分が大きかったのですね。
伊藤:たとえ過去に具体的な性被害にあったことがなかったとしても、女性の中には、過去の経験からそうした情報は何らか自分に関わることだと捉え、影響を受ける人が多いのではないでしょうか。一方、男性の中には「自分には関係がないこと」と感じ、それほど情報に影響を受けない方もいるかもしれません。
―こうした情報による精神的な影響から自分を守る反応みたいなものも、私たちには備わっているのでしょうか。
伊藤:そうですね、たとえば落ち込んでいるとき、どんどん過去のつらい記憶を思い出してしまうことはありませんか? 心理学ではこれを、「気分一致効果」と言って、私たちは今の気分に一致した情報を取り入れやすいんですね。だから楽しいときは楽しい情報が、しんどい状態のときはしんどい情報が入ってきやすくなってしまう。だとしたら、状況によってはストレスを受けすぎないためにも余計な情報を事前にシャットアウトした方がいいはずです。意識的ではなく、無意識に特定の情報を避けようとしたり、感情を鈍くしたりして、自分を守ろうとすることも考えられると思います。
SNSをストレスだと感じやすいのはどんな人?
―SNSが広がったことで、コミュニケーションが便利になったと感じる一方、常に情報に触れ続けることにストレスを感じている人もいるのではないかと思います。伊藤さんはふだんX(Twitter)を利用されていますが、疲れを感じることなどありますか?
伊藤:ただでさえ、人と関わるときというのは、ものすごい量の情報を処理する必要があります。不特定多数を相手にしたコミュニケーションが発生しやすいSNSはなおのこと。気づいていなくとも、ストレスを抱えてしまっていることはあると思います。
私自身、Twitterでは、情報が欲しくていろんな人をフォローしているものの、疲れを感じることは多々あります。例えば、自分のフォローしている人が炎上に巻き込まれているのを見たりすると、やっぱり「大丈夫かしら」とすごく心配になりますし、私自身の何気ない発言が炎上してしまうこともあって。そうすると個人的な攻撃を受けることもあり、見ればストレスになるとわかっているので、コメントは一切見ないようにしています。
―一方で、SNSによって情報量が増えることで、選択肢や視野が広がり、気持ちが楽になることもありそうですね。
伊藤:その通りだと思います。かつては専門家しかアクセスできなかったような情報を、誰もが手に入れられるようになったり、新たな人とのつながりを持てるようになったりと、SNSによって救いの手立てが増えたことも事実です。私自身、親の介護の問題で、なかなか情報がなく困っていたときに、Facebookで「助けてください」と投稿したところ、たくさんの人が心当たりのある情報を送ってくれて、本当に救われました。SNSを通じて、こんなふうに人と助け合えるんだなと実感しましたし、役立てられるかどうかはその人の使い方次第なのだとも思います。
―SNSをストレスだと感じやすいのはどんな人だといえるでしょうか?
伊藤:もともとリアルの人間関係で人目を気にしやすい人は、それをSNSにも持ち込んでしまうことが多いように感じます。私の知人に、「○○さんは『いいね!』してくれたけど、△△さんはしてくれていない……」と、周りからの反応をいちいちチェックしてしまうという人がいて、それは疲れるだろうなと心配になりました。また、SNSでは他人と自分を比較して、落ち込んだり悩んだりしてしまう人も多いですよね。そうしたつらさの根本的な原因は、単純に情報によるストレスだけではないと思うので、自分の心の問題と向き合う必要がありそうです。
ストレッサーに対処するために。まずは、自分の心の声に気づく練習を
―現代人のほとんどは、常に情報というストレスを浴びている状態だと考えると、知らず知らずのうちにストレスを溜め込んでいる人も多いはず。それが心身にどんな影響を与える可能性があるのか気になります。
伊藤:心理学では、ストレスを生じさせる要因のことを、「ストレッサー」と呼び、ストレッサーによって引き起こされるさまざまな反応を「ストレス反応」と言います。私が「Twitterのコメントは一切見ない」のは、実は胸がドキドキしてしまうからなのですが、これは、ストレス反応の一つだといえます。情報というストレッサーによって、身体に影響が出ているのです。こうしたストレス反応は人によってさまざまで、イライラしたり、不安になったり、精神的に影響が出る場合もあれば、頭痛や動悸、吐き気など身体に反応が出ることも。ストレスを過度に溜め込まないためには、こうした自分の反応がまだ軽いうちに気づけるかどうかが大きなポイントになります。
―とはいえ、どういった症状が自分のストレス反応なのか、気づくのはなかなか難しいとも感じます。
伊藤:普段、自分自身に目を向ける機会の少ない人は、まず練習が必要になります。例えば、「今どんな気持ちかな」とか、「どんなことが頭に浮かんでいるかな」とか、常に自分に問いかける癖をつけていただきたいのです。感じたことを書き出してみるのもいいかもしれません。すると、「イライラしているな」「こういうことで、嫌な気持ちになったな」などと、自分の身体や心の反応に気づけるようになってくるはずです。自分がストレスだと感じている要因、ストレッサーも見えてくるでしょう。それがわかれば、じゃあどうやって対処しようと考えられるようになりますよね。
情報というストレスに対処するための4つのセルフケア法
- マインドフルネスで注意の矢印を自分に向ける
伊藤:情報過多になりすぎると、処理が追いつかず、頭がパンパンになってしまうこともあると思います。最近、何に対しても興味が持てない、面白いと感じられない……など、無感情になっている人は、外側の情報に注意の矢印を向けるのではなく、自分の内側に向けてあげることが大切。まさに「マインドフルネス」は、その一つです。自分が今、自分が何を感じ、考えているのか、自分の内側に起きていることをただ見つめてみましょう。わからなくなっていた自分の感情にも徐々に気づけるようになると思います。
この「マインドフルネス」は、常にSNSやメールで誰かとつながっていないと不安を感じる人にもおすすめです。一度、一人になって、自分を見つめてみることで、精神をフラットな状態にすることができます。
- 自分の情報キャパシティを探ってみる
伊藤:そもそも情報に触れるのがつらいと感じるときは、おそらく、自分のキャパを超えているサイン。そんなときは、「今は頭がいっぱいなんだな」と、いったん情報から離れることをおすすめします。それでもニュースなどは「知っておきたい」気持ちもあって、悩むこともあると思います。情報量のキャパシティは、その日そのときの精神状態によっても変わります。状態のいいときにインプットするようにするなど、自分に問いかけながら調整するといいかもしれません。
- 身体を動かす、手を動かす
伊藤:身体や物は、同じところばかりを使えば、だんだん疲れたりすり減ったりしていきますよね。情報処理には、主に頭と感情・気持ちを使いますから、常に情報を浴びていれば、そこばかりに負担が集中することになります。それを防ぐためにも、ときにはまったく違う部分を使うようにするのがおすすめです。例えば散歩や運動などで身体を動かす、手を使って何かする、匂いを嗅ぐ……など。情報処理とは違うモードでできることを積極的に行うようにするといいでしょう。
- 情報から離れる「デジタルデトックス」を取り入れる
伊藤:心理学的には、「タイムアウト」と呼びますが、ストレッサーに積極的に対処することよりも、距離を置いてみよう、という考えもあります。自らがその場所を離れることで、気分を変えることができるのです。最近よく耳にする「デジタルデトックス」は、このタイムアウトの論理が生かされているのでしょう。実際、一定の時間、スマホやネット、テレビなど情報から離れて過ごしてみるだけでも、ストレスケアには有効だと思います。まずは週末に半日やってみるだけでもいいですし、自分にとって心地いい取り入れ方を見つけてみてください。
大切なのは、つい外側に向きがちな注意の矢印を、自分の内側に向けるようにすること
―伊藤さんのお話を伺って、情報社会、ストレス社会と呼ばれる今こそ、日々自分と向き合うこと、ケアすることが大切なのだと感じました。
伊藤:今の社会では、情報を完全にシャットアウトするのは難しいもの。まず前提として、情報はストレスになるのだということを覚えておけば、情報量や情報に触れる時間をコントロールしようと意識することができますよね。それだけでも立派なセルフケアだと言えます。
大切なのは、つい外側に向きがちな注意の矢印を、自分の内側に向けるようにすること。日頃から自分の心と身体に注意を向けておけば、ちょっとした反応にも気づいてあげられるようになります。それが、あちこちから降りかかってくるストレスから自分を守る術になりますよ。
取材・文:秦レンナ
イラスト: 日向山葵
編集:竹中万季(me and you)
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