xiangyu&樹木医・片岡日出美と話す。樹木と健やかに生きていくためにできること
地球環境に今、何が起こってる?
vol.3
みなさんの暮らしのなかにはどんな樹木がありますか? 街路樹や公園の木、庭の木など、見渡してみればさまざまな木があるのではないでしょうか。日本は国土のおよそ3分の2が森林という森林大国です。豊かな緑が溢れる一方で、都市樹木の管理や林業従事者の人員不足が叫ばれるなど、多くの問題があるのも事実です。
さまざまな環境問題にまつわるモヤモヤを掘り下げていくシリーズ「地球環境に今、何が起こってる?」の第3回目となる今回は、幼少期から自然に親しみ、高校では高知県の森林でフィールドワークを行い「自然と共生すること」という論文を書いた経験もあるミュージシャンのxiangyuさんが登場。自身が設立したHARDWOOD株式会社で木のお医者さんである「樹木医」として働く片岡日出美さんとともに、日本の森林や都市における具体的な樹木の問題や私たちができることについて考えました。
Q. 樹木医って、どんな仕事?
A. 森全体のことを考えて樹木を科学的知見から的確に診断し、リスクを最小限に抑える対策を提案しているのが樹木医です
—まず樹木医とはどのようなお仕事なのでしょうか?
片岡:読んで字のごとく「木のお医者さん」です。木も生き物なので、物理的に枝が折れたり、根が傷ついたりといった怪我がきっかけで、木のなかが腐って枯れてしまうとか、虫や菌による病気にかかることがあります。それに対して、木を健康にするための処方箋を書き、処置をするのが樹木医の仕事です。街路樹、公園や商業施設、個人の庭の木から、神社のご神木をはじめとする地域の保存樹など、幅広く木を見ています。
xiangyu:木のお医者さんがいるなんて知らなかったのでびっくりしました。片岡さんのお仕事をネットで見たのですが、高知県で木の特殊伐採の実演をされていましたよね? 私、高校2年生のときに自分が興味を持ったテーマで論文を書く授業があって、修学旅行を兼ねたフィールドワークで高知県に行ったんです。現地で木の間引きについて学び、実際に自分でチェンソーを使って木に切り込みを入れ、木を倒すという体験を初めてしました。だから、今回片岡さんとお話しできることに「すごい繋がりだ!」って思って。
片岡:そうだったんですね!
xiangyu:はい! まだ元気そうに見える木に人間が刃物で傷を入れて倒すことに抵抗があったのですが、間引きによって森に光が入るようになるから、森全体のことを考えて木を切るのも大事なことなんだと現地で学びました。
片岡:まさに今xiangyuさんがおっしゃったように、森全体のことを考えて樹木を科学的知見から的確に診断し、リスクを最小限に抑える対策を提案しているのが樹木医なんですよ。私は高知県には毎月通っていて、地域林政アドバイザーとして梼原町という小さな町の行政支援をしています。そもそも高知県は、県土の80%が森林で、林業を生業にしている方がたくさんいる林業先進県。ただ、昔から林業が盛んなゆえに、昔のスタイルを変えられていない部分も多いんです。
なので、私たちのように新しい技術を柔軟に取り入れたり、新しい視点で森林の恵みから収益を得る方法を考えたりすることができる人が必要で、現地の若い林業従事者が適正に収入を得られる仕組みや、安全で持続的な林業での生業の立て方を一緒に考えています。ほかにも、隈研吾建築都市設計事務所と一緒に、林業の町ならではの子ども向けの遊具を考えていたり、今まではスギやヒノキ、いわゆる住宅に使用される木材を生産するための人工林が多かったのですが、それだけでなく、サクラやクスノキ、ケヤキなどの広葉樹などを含めた森のつくり方や管理・利用の仕方を行政と一緒に考えたりしています。
—樹木医のお仕事って、公園の遊具にまで広がっているんですね。
片岡:そうなんです。現代のライフスタイルのなかで森に入っていく機会は少なくなっていると思うのですが、私たちの生活と森林をつなぐようなきっかけをいつも考え続けています。私自身、育ててくれた祖母が幼少期からよく山に連れていってくれたことが樹木医になった根底にあって。小さい頃から自然が好きで、それに関わる仕事がしたいとずっと考えていました。
xiangyu:私も森とか山、自然がずっと身近にあるなかで育ってきたから興味があるんだと思います。私の生まれ育った町は、都心にも電車で30分くらいで行けるけど、自宅の周りは田んぼや畑に囲まれている程よい田舎で。小学校も、6年間田んぼでお米をつくる授業があって、中高もフィールドに出かける体験型の授業がすごく多かったんです。小学校から高校まで、教科書を読むだけではなく、実際にその場に行って「こうなってたんだ!」と体感しながら自然について理解できたことがすごく楽しかった。両親も「そんなにおもしろかったなら休みの日も山に行ってみる?」と登山やキャンプによく連れていってくれました。
Q. 木の根腐れって本当?なぜ健康そうに見える木を伐採しなくてはいけないの?
A. コンクリートで根が十分に広がらず、工事で何度も根が切られると腐りやすくなる。木が倒れる危険があるため、伐採しなくてはいけないことも
—xiangyuさんは、高校時代に高知県でのフィールドワークを終えて「自然と共生すること」をテーマに論文を書かれたそうですが、なぜ共生について考え始めたのですか?
xiangyu:自分が大切だと思っていた木が切られてすごく悲しい思いをした経験があって。ある程度仕方ないことだとは思うのですが、どうやって自分の暮らしている環境と付き合っていけばいいのか悩んだことがきっかけです。地元にすごく有名な長い桜並木があったのですが、一気に伐採されてそこにショッピングモールができたんです。私は土地開発のために伐採されたと思って市に抗議の意見書を出しまくって。でも、あとで木の根腐れが原因だったらしいと知りました。そうしたら、最近、自宅の近くにあるシンボルのような大きな木も、根腐れが原因で切られることになってしまって。片岡さんにお伺いしたいのですが、そんなに根腐れって起きるものなんでしょうか?
片岡:私も同じような経験をしたことがあるので、xiangyuさんの気持ち、すごくよくわかります。でも、根腐れは事実だと思いますね。根って、横にも真下にも広がっていないと木が倒れてしまうんです。街路樹は幹のギリギリまでコンクリートで固められて根が張れなかったり、道路の拡張工事、水道や電気の工事のために何度も根を切られ、そこから腐りやすくなってしまったりします。根だけでなく枝の剪定も含め、木の切り口をつくることでそこから菌が侵入して幹の内側が腐ってしまうことは本当によくあることなんですよ。今、私の会社では、いろんな企業とタッグを組んで、そういう状況に置かれた樹木を守るための技術開発を行っています。何度も根を切られなきゃいけない状況を回避するために、根の空間をあらかじめ確保しておくような事前の設計も重要なので、行政ともよく協議をしながら進めていく必要がありますよね。
—つまり都市部の木のほうが切らないといけない機会が多く、植え替えのサイクルも早いということですか?
片岡:そうです。都市樹木のほうが傷むサイクルが早いということはあると思います。例えば、一般的にソメイヨシノは寿命が短いと言われているのですが、決してそんなことはないと私は思っています。ソメイヨシノは街路樹としても多用されており、公園などにも植えられていることが多いですよね。その植えられた環境がたまたま悪いだけ。植栽基盤の条件がよくなくて根や枝が張れない土地にあったり、何度も剪定をせざるを得ない状況に置かれたりしているから、腐るのが早いんです。だから、根腐れして倒木する危険のある木は植え替えして世代交代をするのも大事だと思いますし、場所によっては大きくならない樹種を選ぶことも大事なことかなと思っています。とはいえ巨樹・巨木がつくる荘厳な雰囲気や、巨木しか生み得ない空間もあるので、それはそれで社会に必要だと思います。
xiangyu:「いい街づくり」みたいな都市の設計図には絶対木が描かれているじゃないですか。でも、都市をつくることと木の関係って難しいんですね。電気工事や水道工事は生活に必要だけど、それと木を保存することをどう両立させればいいんだろうってなおのことわからなくなってきました。私が切られて悲しかった木たちも、根腐れしているのにそのままにして、人の命が奪われるような大事故につながったらいけないですし……。話を聞いていて、納得した部分と、次々に疑問が出てくるなっていう部分があります。
片岡:そうですよね。私たちも本当に日々答えのないものに悩み続けています。勉強すればするほど何が正しいのかわからなくなるから、死ぬまでこのモヤモヤはあるんだろうなと。でも、考え続けることをやめてはいけないということだけはわかりました。関わることや考え続けることをやめたら、それこそ本当に何も良くなっていかないと思うんです。
xiangyu:ちゃんと問題意識を持って考え続けなきゃいけないですね。「考え続けることをやめてはいけない」って言葉にすごく背中を押された気持ちです。今は私たちが子どもの頃より公園も減っていますし、子どもがいろんな現場に行ける機会や取り組みが増えるといいんでしょうね。自分で実際に触れて体験して、「あの木が切られて悲しかったよね」みたいな経験がないと、木について一歩踏み込んで考えにくい。だから、先ほどおっしゃっていた、森に入っていく仕組みをつくる話もすごく納得しました。
Q. 日本は森林大国なのに木材を輸入してるのはなぜ?
A. 資源量の面だけで見たら日本のなかだけでまかなえるけれど、労働力不足や流通の不十分、輸入のほうがコストが安いなどから輸入に依存している
—都市に限らず、今、日本ではどのような樹木の問題があるのでしょうか?
片岡:今はブナ科の樹木を枯らす「ナラ枯れ」という病気がすごく流行っているんです。カシノナガキクイムシという虫が木のなかに入り菌を増やして、数ヶ月であっという間に木を枯らしてしまう強力な病気です。昔から日本にいた虫で、今さら騒ぐようなものではないのですが、今なぜナラ枯れに困っているかと言うと、カシノナガキクイムシは太い木を好む特性があり、公園にある太くなりすぎてしまったコナラやクヌギのなかに入るようになったんです。以前はコナラやクヌギは、大きくなる前に人間が薪に利用するなど手入れのサイクルがありました。昔と違って今は自分で木を切ることは難しいですし、日常のなかで樹木を使わなくなったので、人の生活のすぐ近くで大きくなりすぎてしまう木がたくさんあり、虫が好む環境になる。自然現象と人のライフスタイルの変化によるジレンマのひとつです。
—生活の身近にある公園でも、そのような病気が流行ってるんですね。木が大きくなりすぎる前に手入れが必要だというお話がありましたが、日本では木材をかなり輸入していますよね。国産の木を適切なサイクルで使うことはできないのでしょうか?
片岡:おっしゃるとおり、住宅や家具、紙なんかの原材料となる木材も、ほとんど外国から輸入したものです。ただ、日本はほとんどの国土が森林で覆われていて、日本人が1年間に使う木材の消費量は1年間の森林の成長率分だけでまかなえるという試算もあるんです。乱暴な言い方になるかもしれませんが、森林をすり減らしていくことなく、成長量だけで私たちの生活に必要な分はまかなっていくことができるかもしれません。
xiangyu:え? じゃあなんで輸入してるんですか?
片岡:やっぱり日本の森林から材を出す労働力が足りないとか、流通が不十分であるとか、片やハウスメーカーや製紙メーカーにとって、輸入のほうがコストが安かったり、同様品質の大量ロットを同時期に入荷できたりということで輸入されています。
xiangyu:なんか、めちゃくちゃもったいないですね。高知で林業体験をさせてもらったときに、家業が林業の高校生が、家を継ぐことがすごく減っていると教えてくれて。それを聞いてから10年経った今も変わらず後継ぎが少ないんですか?
片岡:そうだと思います。危険な労働ではありますし、それでいて低賃金ですし、働く人が圧倒的に足りていないと私は思っています。人が足りないことで、日本の山には収穫期を迎えたスギやヒノキが、収穫されないままになっていることも課題のひとつです。
xiangyu:それって森林にとって不健康ですよね。代謝が悪い環境があって、新陳代謝させたほうがいいのに、それを残して輸入しているってことですか?
片岡:そうですね。日本の森林を守っていくという観点でも日本の木材をもっと使ったほうが絶対にいいです。
xiangyu:人材不足が解消したらその問題も解決に近づきますよね。林業って二足のわらじは可能ですか? 兼業農家さんとかもいるし、仕事を掛け持ちできるなら業界に入るハードルが若干下がる気がして。
片岡:可能ですよ。そもそも木を切る適期は秋から冬で、夏場に木を切るのはナンセンス。だから、夏は別のお仕事をして、秋冬に林業をやるというスタイルは全然ありです。
xiangyu:そうなんですね! 林業、ありかも。夏はフェスとかに出て、冬は林業。私、ゆくゆくは高知と東京の二拠点生活をしたいんです。行政と組んでどうにかするみたいなことよりも、私は自分の背中を見せて「こういうやり方もあるよ」って提示するほうが合ってる気がするから、林業をやっている私の姿を見て「こういう感じで働けるなら興味あるしやってみよう」って思ってもらえたら可能性が広がりそう。すっごく興味があるんですけど、いざ林業に関わろうと思ったらどう動けばいいですか?
片岡:そのように興味を持ってもらえるのはすごくうれしいです。まずは各都道府県、市町村ごとに林業の職業セミナーや産業展などがあるので、参加してみるといいですよ。そこで繋がりをつくって、最初は教えてもらいながら仕事を始め、少しずつ技術を磨いて2、3年すると一人前になってくると思います。
Q. 林業に従事していない人が、森林のためにできることはなんですか?
A. 森林や樹木、それだけでなくちょっとした植物でもいいので、関心を持ってくれる人が増えるといいなと思います
—ちなみに林業は男性の従事者が多いイメージなのですが実態はいかがでしょうか?
片岡:本当に信じられないくらい男性ばかりの業界です(笑)。
xiangyu:力仕事だから、体力面や体格差などの理由ですか?
片岡:それは間違いないですね。でも、今はどんどん道具が進化しているので体力面で不安に感じる女性でも参入しやすくなってきました。例えば、私も50cc以上のエンジンチェンソーは紐を強く引っ張って起動させる必要があり、いまだになかなかエンジンをかけることすらできません。でも、ここ数年で、ボタンひとつで動くバッテリー式のものが出てきました。おかげで、私のパワーにあった仕事量で、止まらずに作業を進めることができます。
他にも、運搬などに使う太くて硬くて重いワイヤーも、今は軽くて柔らかい取り回しやすいロープに変わってきました。あと、これは女性だけではないのですが、やはり上の世代の教え方が昭和的といいましょうか……、それに耐えられるかということもありますよね。
—せっかく業界に入っても離れていってしまう女性も多いのでしょうか?
片岡:そうですね。もう少しこの業界にいてほしいと思う優秀な女性たちが辞めてしまうのをこれまで何人も見てきているので、業界の発展や森林を守っていく目線を多様化するためにも、女性が増えることを切望しています。
女性は結婚や出産をすると、まわりも良かれと思って「無理しなくていいよ」とか「ちょっと休んだら」って言ってくれますが、そういった周囲の言葉というのは、場合によっては女性のキャリア進出の芽を潰してしまう側面もあるんじゃないかと思う場面がありました。私は今36歳で3人の子供がいるのですが、子育てしながら細くでも続けること、1人で頑張りすぎないで周りのサポートや民間サービスはどんどん使うなどの工夫をして10年間以上この業界での仕事を続けることができました。それはそれはもう多くの失敗や涙がありました。それでも、辞めずに続けることで得られるスキルや、見えてくる視野があるので、まだ業界としては大変な部分はあると思うけれど、この業界の仕事を続ける女性が増えたらなと思っています。
—林業に従事していない人が、森林のためにできることはなんですか?
片岡:まずは関心を持ってもらえたらと思います。樹木についてご相談をいただいたクライアントと接していても、木が生きているか枯れているかもわからない人が結構いるんですよね。それだと樹木も森林も良くなっていかないと思うんです。なので、ぜひ森林や樹木、それだけでなくちょっとした植物でもいいので、関心を持ってくれる人が増えるといいなと思います。
xiangyu:私も自然と触れ合ってきたことで森林に興味を持ったり、より踏み込んで考えたりするようになったので、今片岡さんがおっしゃったように、今まで興味がなかった人に森や山ってちょっといいかもって思ってもらえるような入り口をつくっていきたいなと思いました。登山や山菜採りやきのこ狩りをずっと続けているのですが、いつも山菜やきのこの図鑑をつくっている人たちと一緒に行っていろいろ教えてもらうんです。木の種類ってこんなにあるんだとか、木によって菌や生き物の相性があるんだとか、私も教えてもらって初めて学びました。それは森や山のなかに入るというアクションをしたから知り得たこと。その体験を話したら「行ってみたい」と一人ずつ森に入る友達が増えてきたんです。今後も地道に、私の話で森に興味を持って森に入ってくれる人を増やしたいし、その一人ひとりからまた広がっていったらいいなと思います。
取材・文:飯嶋藍子(sou)
撮影:タケシタトモヒロ
編集:竹中万季(me and you)