ゆっくり読みたい。書店が選んだ「心がめぐる本」5選
自分の心地よさを見つけて、すこやかによりいきいきと日々を過ごすための場所
こころが、おどる
読書は自分自身と向き合い、心をめぐらせることができる時間をもたらしてくれます。忙しい日々のなか、少しだけ一息ついて、本を開いてみませんか? この記事では、「心がめぐる本」をテーマに、愛知県・名古屋にあるON READING、宮城県・仙台の曲線、兵庫県・神戸にある1003、東京・三軒茶屋のtwililight、福岡県・久留米にあるMINOU BOOKSの5軒の書店が一冊ずつ本をセレクト。少しずつ変化していく自分に寄り添ってくれる本が揃いました。自分にとって大切な一冊が見つかったらうれしいです。
「聞く」ことと「話す」こと。自分の中でわずかだけれど確かな変化がじわじわと感じられる
尹雄大『聞くこと、話すこと。 人が本当のことを口にするとき』
選書:ON READING 黒田杏子さん
インタビューやルポルタージュを主に手掛ける執筆業と共に、インタビューセッションや講座も開催している著者が、濱口竜介、上間陽子、イヴ・ジネスト、坂口恭平の実践から考えた「聞く」ことと「話す」こと。 ノウハウではなく、共感でもない。ジャッジを挟まずに、その人の話をただ「その人の話」として聞くとはどういうことなのだろうか。
ほぼ毎日、誰かと言葉を交わしてはいても、その人の“本当のこと”を聞けることなんてほとんどない。それは同時に、自分の話を最後まで、十全に聞いてもらえた、と実感できることがいかに少ないか、ということでもある。会話は流れていくし、思考は留まらない。けれど私たちはそれを求めてしまう。私の話を聞いてほしい、あなたの話を聞きたい。言葉は情報伝達の記号、だけどそれだけではないのではないか。
すがるような気持ちで本書を読み進めていくと、見えてきたのは意外にも、自分自身の身体の在り様と、声だった。何度もはっとして、打ちのめされた。すぐに使えるテクニックは見当たらないかもしれない。けれど自分の中のわずかな、しかし確かな変化がじわじわと感じられるだろう。少なくとも、私にはそうだった。「めぐる」ってきっとそういうことだと思う。
- 書籍情報
『聞くこと、話すこと。 人が本当のことを口にするとき』
著:尹雄大
発行:大和書房
発売日:2023年5月8日 価格:1,870円(税込)
聞くこと、話すこと。 – 株式会社 大和書房
- 書店情報
ON READING
住所:〒464-0807 愛知県名古屋市千種区東山通5-19 カメダビル 2A&2B
営業時間:12:00〜20:00
定休日:火曜
Website
14年間の四季のなかで続いてきた、心をめぐらせるふたりの終わらない対話が胸に響く
井上弁造・奥山淳志『BENZO ESQUISSES 1920-2012』
選書:曲線 菅原匠子さん
北海道の小さな丸太小屋で、自給自足の生活を営みながら絵を描いていた井上弁造さん。写真家の奥山淳志さんは、14年間の四季を通じて弁造さんのもとに通い、その姿を写真におさめてきました。本書は、奥山さんが預かっていたエスキース(習作)を弁造さんが育てた庭で撮影した作品集です。
たくさんの絵と庭をのこして、弁造さんは2012年に92歳でこの世を去ります。亡き人と過ごした日々のことは遠ざかるばかりであっても、その後も奥山さんはレンズを通して弁造さんの気配をたどり、思考をめぐらせ、その行為が奥山さんのなかに新たな日々をもたらしていきます。
心をめぐらせるふたりの終わらない対話、四季とともに移り変わっていく庭。弁造さんはいなくなってしまったけれど、その存在が強く大きくなっていくようすを見ていると、人と人が出会うという当たり前のことが、こんなにも宝物のようなものなのかと感じずにはいられません。弁造さんがいなくなってしまったあとも、作品集ができあがったあとも、ふたりの関係は続いていきます。エスキースばかりを描き、絵を完成させることをしなかった弁造さんは、永遠に絵を完成させないことで最後まで描き続ける理由にしたかったのかもしれません。その行為もまた、めぐるように終わることのない創作の本質を表しているかのようです。
この本に綴じられた、日々を見つめる深く柔らかなまなざしと狂おしいまでの郷愁は、人生そのものといえるでしょう。いつまでも止むことのないふたりの対話が胸に響きます。
- 書籍情報
『井上弁造・奥山淳志/BENZO ESQUISSES 1920-2012』
エスキース:井上弁造
写真・文:奥山淳志
発売日:2023年8月
価格:6,600円(税込)
井上弁造・奥山淳志|BENZO ESQUISSES 1920-2012
- 書店情報
曲線
住所:〒980-0871 宮城県仙台市青葉区八幡2-3-30
営業時間:12:00〜19:00
定休日:水曜
Website
自らが幸せに生きられるかどうかのみを基準に暮らしを立ち上げていく記録。カンフル剤のような一冊
安達茉莉子『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』
選書:1003 奥村千織さん
仕事をしていると毎日はあっという間に過ぎて、生活の不備に気づく頃にはゆっくり吟味する間もなく、その場しのぎに手に取ったもので間に合わせることが多くなる。そんな時、店に届いた新刊の帯文を見て、ぎくりとしたのを覚えている。
—「これでいいや」で選ばないこと。「実は好きじゃない」を放置しないこと。—
断捨離本ではない。この本は、引越し先を決めるところから食器1枚に至るまで、「自らが幸せに生きられるかどうか」のみを基準に暮らしを立ち上げていく著者の記録である。今回の原稿を書こうと再読したのだが、読み終えたとたん、見ない振りをしてきた目の前の机の散らかり具合に我慢できず、真夜中というのに本を置いたその手でがっさがっさと片付けを始めた。未開封の郵便物、目を通してから処分しようと思っていたタブロイド、積読本に出どころ不明のクリップ複数……。
一心不乱に手を動かして、あるべきところにものが収まり広くなった机を前に、気持ちもすっきり、やればできるじゃないかと自己肯定感も上がる。そうして思い出した。初めてこの本を手に取った1年前にも、読了後にまず視界に入ったこの机を夢中で片付けたことを。
私のように忘れっぽく、生活を置き去りにしがちな性格の人間にとっては、そばに置いて何度でも開きたい、カンフル剤のような一冊だ。
- 書籍情報
『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』
著:安達茉莉子
発行:三輪舎
発売日:2022年9月15日
価格:1,980円(税込)
私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE | 三輪舎
- 書店情報
1003
住所:〒650-0023 兵庫県神戸市中央区栄町通1-1-9 東方ビル504号室
営業時間:12:00〜19:00
定休日:火曜・水曜
Website
自分にとことん向き合い、思いを巡らすことで、だめがだいじょうぶになっていく
きくちゆみこ『だめをだいじょぶにしていく日々だよ』
選書:twililight 熊谷充紘さん
この本は、著者が「だめ、できない」という言葉のうしろで縮こまっていたかちこちの体を、「だいじょうぶ、だいじょうぶ」となんとかなだめて引っ張りあげていく心の記録です。
どうして自分はこうなんだろうという心のわだかまりを、著者は過去に思いを巡らせ、あっちこっちとせわしなく揺れ続けることで、だんだんとほどいていきます。堂々巡りをするように書き続けることで過去の自分と何度も再会し、わたしの中にあるあなたの欠片に気づき、あなたの中にもわたしの欠片があると思える。わたしたちという関係性の網目が生まれ、転んでも落っこちても失敗してもだめになっても、きっと受け止めてくれると思えるようになる。「だいじょうぶ」と思える余地が心に生まれていく。
生きづらさという言葉で一括りにしてはたくさんのことがこぼれ落ちてしまうような深刻な問題を抱えた世界に生きていますが、心と体が一致しない自分や、日常のささいなことに落ち込む自分を放っておかなくていい、自分にとことん向き合い、思いを巡らすことがセルフケアになるとこの本は教えてくれます。
だめがだいじょうぶに。言葉の変化は心の変化であり、心がめぐった時、わたしはあらためて、あなたと、世界と、出会うことができる。
- 書籍情報
『だめをだいじょぶにしていく日々だよ』
著:きくちゆみこ
発行:twililight
発売日:2023年12月15日
価格:2,090円(税込)
きくちゆみこ『だめをだいじょぶにしていく日々だよ』
- 書店情報
twiliight
住所:154-0004 東京都世田谷区太子堂 4-28-10 鈴木ビル3F・屋上
営業時間:12:00〜21:00
定休日:火曜、第1・第3水曜
Website
自然や生き物や野菜の変化、自分自身の体や心の変化。畑の土から広がっていく世界の一端を垣間見る
坂口恭平『土になる』
選書:MINOU BOOKS 石井勇さん
ずっと思い悩んでいたことが、こころに染み入るような景色を見ることや、季節の移り変わりを肌で感じることによって、スッと晴れていくようなことがよくある。それは多分、自分のなかに圧倒的な自然のスケールが入り込んできて、小さな滞りが消え、心がめぐりだすからではないだろうか。
本書は、作家・画家・音楽家・建築家など多様な肩書を持つ著者が、コロナ禍を機に始めた、畑での野菜作りの日々を綴った92日間の記録。それは、野菜の成長記録といった内容ではなく、土や自然、そして畑に集まる人や多様な生き物と出会い、心を通わせあいながら、自身が変化していった記録だ。
小さな自然の変化、生き物や野菜たちの様子、そして、それらによってもたらされる自身の心の変化。その変化の過程を、注意深く豊かな感受性をもって受け止めている著者の文章を通して感じることで、畑の土から広がっていく世界の一端を垣間見ることができる。野菜を育てている、土のなかの「人間ではないものの力」を感じることで、自然が常に動いていること、変化していることに気づき、自分自身も同じように、体も心も常に動いて変化していることに気づく。
それは、自然の摂理で言うと当たり前のことなのかもしれない。だが、その当たり前を、初めて知ったこととして、確かな実感をもって書かかれた文章を読むことで、自分の中のなにかが変わっていく。土にすこしだけ近づいてみたいと思えてくる。自然と直に触れ合いたいと思えてくる。自然の流れに身を任せ、そこから連なる心のめぐりの中で生きていくことがどんなに心地のいいことか、きっとこの体は知っているのだろう。この体も心も自然のものなのだから。
- 書籍情報
土になる
著:坂口恭平
発行:文藝春秋
発売日:2021年9月14日
価格:1,870円(税込)
『土になる』坂口恭平 | 単行本 – 文藝春秋BOOKS
- 書店情報
MINOU BOOKS
住所:〒839-1321 福岡県うきは市吉井町1137
営業時間:11:00-18:00
定休日:火曜・金曜
MINOU BOOKS 久留米
住所:〒830-0045 福岡県久留米市小頭町10-12 1F
営業時間:11:00-19:00
定休日:火曜
Website
編集:竹中万季(me and you)